フランスの田舎から世界を見ると

土野繁樹の21世紀探訪

KGBの二重スパイ;米ソ核戦争を止めた男 (その2)

ソ連の水爆実験(1955) You Tube 1978年夏、デンマークからモスクワに帰任したゴルディエフスキーは、第3局の部長ヴィクトル・グルミコに離婚して結婚することを報告した。すると、彼は「これですべてが変わるな」と返答した。やはり、KGB文化では離婚…

KGBの二重スパイ:米ソ核戦争を止めた男(その1)

世紀の二重スパイゴルディエフスキー(1976年撮影) AP 『 スパイと裏切り者: 冷戦最大の諜報』(2018)を読んだ。この本はまだ訳がなく原題は“The Spy and the Traitor:The Greatest Espionage, Story of the Cold War“である。 ベン・マッキンタイアが書…

カミュが愛した女優カザレス

カミュとカザレス 彼女のアパートで Paris Review 1944年 6月5日、アルベール・カミュは30歳で、表の顔は舞台の演出家、裏の顔はレジスタンス紙『コンバ』の編集長だった。マリア・カザレスはスペイン首相の娘で将来を嘱望される21歳の女優だった。 その日、…

カミュの哲学:非暴力の平和主義者

アルベール・カミュ Henri Cartier-Bresson 「おそらく、どの世代も世界を作り替えることに責任を感じていることでしょう。しかしながら、今の世代の場合は世界を作り替えることではないのです。その任務のもっと大きいもの、つまり世界が自分自身を破壊して…

米国憲法を守る移民:トランプ弾劾へ

ドナルド・トランプ Spencer Platt/Getty Images 筆者はCNNテレビの実況中継で、米国大統領ドナルド・トランプの弾劾を調査する、下院情報活動委員会の11月の5日間のやり取りを見た。午後3時から毎日4,5時間、次々に展開される新証言に興奮し、アメリカ…

トゥーンベリ:気候危機のヒロイン

グレタ・トゥーンベリ「このまま放置することが、わたしには出来ない」The Guardian 拒食症、いじめ、そして復活 グレタ・トゥーンベリはストックホルムでオペラ歌手の母親と俳優の父親の間に生まれ、妹が一人いる。ピアノ、バレエ、演劇を学び、学校の成績…

香港:民主派の反撃

香港議会をとり囲む民主派の大デモ Wikipedia 100万人の香港市民が6月9日に「逃亡犯条例」の撤廃を求めて平和的デモを行ったとき、その要求は唯その一点だけだった。しかし今や、行政長官の直接選挙を要求する運動にまで発展している。この要求は運動の核心…

司馬遼太郎とドナルド・キーン

司馬遼太郎 文藝春秋 ドナルド・キーン Wikipedia 中央公論社の二人の対談『日本人と日本文化』は、実に面白い本だ。初版は1972年だから、いまから半世紀前のものだが、内容はさすがである。雄大な構想で歴史と人物を描く司馬と、日本文学の極めてすぐれた研…

ドナルド・キーンさん ありがとう

縁台で読書するキーンさん ドナルド・キーン「お別れの会」 『ドナルド・キーン自伝』は彼の84歳の作品である。ニューヨークのブルックリン生まれの天才的少年キーンは、18歳のとき『源氏物語』の翻訳を読んで感激する。その頃、1940年夏、ヒトラーの欧州制…

米中激突 : ニューヨーク・タイムズ紙が伝える

フィリップ・P・パン アジア総局長 写真撮影ブライアン・デントン 西側は中国のアプローチがいずれ失敗するだろうと思っていた。しかし、それは見事に当てが外れた。そして、今なお待ち続けている。 過去のパワー:長征の制服を着る航空宇宙界の労働者 莫干…

マクロンを救え、ヨーロッパが危ない

暴徒によって破壊されたフランスの象徴、マリアンヌ像 AP エマニュエル・マクロンはヨーロッパの救世主だった。リベラル・デモクラシーの旗手として、ポプュリズムの流れに敢然と立ち向い、EU再興のヴィジョンを掲げる、フランスの希望の星だった。その若さ…

ウッドワードが描くトランプの実像

ウッドワード(右)の最新作の表紙 Wikipedia 筆者はウッドワードの最新作“Fear:Trump in the White House”(恐怖:ホワイトハウスのトランプ)が刊行された9月11日、キンドル版で読み始め3日かけて読んだ。これはおどろくべき本だ。 プロローグから仰天する…

魔女の狩人  トランプvs情報機関

The New Yorker 2018・9・3号 Barry Britt この諷刺画は米国のニューヨーカー誌の最新号のカバーである。これは、ロシア疑惑を調査する特別検察官ミュラーが、トランプを追い詰めている光景だ。8月21日は、トランプにとって最悪の日となった。 ミスター・…

英王室に新風 しかし、政治はどん底

ロイヤル・ウェディング ハリー王子とメーガン Gareth Fuller AP 英王室のハリー王子とマークル・メーガンの結婚式は5月のそよ風のように爽やかだった。ブレグジット(英国のEU離脱)で英国民が二つに分裂し、その行く先に暗雲が漂い重苦しい空気が支配す…

英国EU離脱の大誤算

「ヨーロッパにはもううんざりだ」 The Guardian Illustration by R Fresson 筆者はパリから南へ下り500キロ、中世の教会と城があるのどかな村で暮らしている。この国の大多数のコミュニュティと同じように、村役場にはフランスの三色旗とEU旗が掲げられて…

カズオ・イシグロの肖像

Reuter/Mike Segar 「イシグロのノーベル賞記念講演がはじまったわよ」と居間の妻から声がかかった。ストックホルム大学で学び、スェーデンの経済紙「ダーゲンス・インダストリ」の東京特派員だったヤードは、スウェーデン人だからノーベル賞への関心が高い…

マクロン大統領の実像 救国の人か蜃気楼か

フランス大統領エマニュエル・マクロン Washington Post エマニュエル・マクロンは半年前、第二次世界大戦以来、政権を担ってきた左右の既成政党を打ち破り、フランス史上、ナポレオンに次ぐ若いリーダーになった。1年前に、彼が大統領選に立候補したとき、…

歴史探訪 その18 米中関係の行方 トランプvs習近平

ツキディデスの罠? Wikipedia 北京再訪 筆者は、先日、37年ぶりに北京を訪れた。1980年の北京は人民服と自転車の灰色の世界だったが、高層ビルと車が溢れるカラフルな近代都市に大変貌していた。なにせ、1980年の中国のGDPは世界の2%で、今ではアメリカの1…

歴史探訪 その17 天安門事件③

中国国家博物館 Sim Chi Yin for The New York Times 1989年6月4日の朝、人民解放軍が学生と市民を虐殺したとのニュースを聞いた、ペリー・リンクは(『天安門文書』の監修者、プリンストン大学名誉教授)自転車に飛び乗り、友人である方励之夫妻のアパート…

歴史探訪 その16 天安門事件②

人民解放軍の戦車に対峙する「無名の反逆者」 長安街 1989・6・5 Jeff Widener AP 1989年6月3日、北京市内に入った戒厳部隊と学生・市民の間に最初の衝突が起こった。軍の兵士を待ち受けていたのは、学生と市民の頑強な抵抗だった。市内のいたる所で軍の車両…

歴史探訪 その15 天安門事件1989 ①

天安門広場の大抗議集会 1989年5月30日 Wikipedia 筆者がはじめて北京を訪れたのは1980年春だった。北京空港はがらんとしてほとんど乗降客はおらず、壁には社会主義リアリズムの労働者賛歌の巨大な絵画がかかっていた。街を行き来する人々はほとんど人民服で…

歴史探訪 その14 ニクソンと毛沢東 1972

NIXONMAO Nothing New Since Nixon Met Mao Transmition6-10 1969年1月、ホワイトハウスの主になって1週間後、リチャード・ニクソン大統領はヘンリー・キッシンジャー安全保障担当補佐官を執務室に呼び、以前から構想していた対中和解政策を説明し、中国訪問…

歴史探訪 その13 毛沢東の実像

Andy Warhol 作 Wikipedia 筆者の中国現代史の師匠は米国コルビー大学の先輩ジョン・ロドリック(1914-2009)さんだった。ジョンはAP通信のナンバーワンの中国通として、40年間、洞察に満ちた記事を世界に送り続けた。彼は延安時代の革命指導者をよく知る数…

歴史探訪 その12 毛沢東の文化大革命

映画「毛沢東は永遠に我らとあり」のポスター Wikipedia どの国にも狂気の時代がある。日本の場合、戦前の軍国主義の時代がそれにあたる。文化大革命の10年は、中国の狂気の時代であった。今年は毛沢東がはじめた革命50周年にあたる。 1966年8月18日午前5時…

中国100年の屈辱 その11 1937 辺見庸

蔣兆和 「流民圖」 1943年作 Trois Mille Ans de Peinture Chinoise 南京事件を中国人の眼で見ると、どう見えるか。作家、堀田善衛は、それを小説『時間』(1955)で試みた。大虐殺事件を被害者の眼でみると、どんな光景が現れ、日本人の言動がどう見え…

中国100年の屈辱 その10 1937年 南京の生き仏

犠牲者の顔写真ククリーン 南京大虐殺記念館 南京事件は、おそらく日本の歴史のなかで最も恥ずべき出来事であった。「聖戦」の名で、書くのも語るのも憚られる蛮行が行われたことを、いまでは多くの日本人は忘れている。そして知らない。知っているにしても…

中国100年の屈辱 その9 1937年 南京事件

南京入城式 1937年12月17日 南京陥落から4日後の1937年12月17日、日本軍による盛大な南京入城式が行われた。東京朝日新聞は翌日の夕刊でその模様を次のように報じている。 午後1時半松井大将を先頭に朝香宮殿下を始め奉り柳川部隊長,各幕僚は騎乗…

中国100年の屈辱 その8 1936年 西安事件

西安の蒋介石(左)と張学良(左) 1936年12月 1936年12月4日、陝西省の首都、西安の飛行場に20人の護衛に守られた蒋介石と幕僚が到着した。西安は唐の時代に長安と呼ばれ、世界で最も美しく豊かな国際都市であった。1300年後の西安は、シルクロードで…

中国100年の屈辱 その7 蔣介石の革命

中国統一のシンボル「青天白日旗」 1960年代前半、筆者が学生だった頃、毛沢東は人気があった。当時、中国に関心がある若者は、米国のジャーナリスト、エドガー・スノーの『中国の赤い星』(1937年刊の戦後の邦訳)を読み、毛沢東とその同志のファンになった…

中国100年の屈辱 その6 孫文と宮崎滔天②

辛亥革命1911(映画) 香港・中国共同製作 2011年 成龍英皇影業有限公司 1900年9月末、孫文は平山周を伴って台湾へ向かった。間もなくはじまる広東省恵州蜂起への武器支援を、台湾総督の児玉源太郎に申しいれるためであった。台北での会見で、児玉は中…