KGBの二重スパイ;米ソ核戦争を止めた男 (その2)
1978年夏、デンマークからモスクワに帰任したゴルディエフスキーは、第3局の部長ヴィクトル・グルミコに離婚して結婚することを報告した。すると、彼は「これですべてが変わるな」と返答した。やはり、KGB文化では離婚はご法度だったのだ。望んでいた副部長どころか、人事部に配属されこの局の歴史を担当することになった。のちに、彼は4年近くにわたるこの期間について書くことはないと言っているから、左遷の味をかみしめていたに違いない。そして、MI6との接触はまったく切れていた。
それでもカムバックを期して、英語の勉強を熱心に続けていた。当時のソ連で手に入るチャーチルの『第二次世界大戦史』やフレドリック・フォーサイスの『ジャッカルの日』などを読んでいる。特に気にいったのは、サマセット・モームの小説で、英国情報機関のアシェンデンに惹かれている。また、キム・フィルビーの報告書をロシア語に翻訳することもやっている。
1982年6月、ゴルディエフスキーは長い左遷を解かれロンドンへ赴任し、MI6の二重スパイの仕事を再開する。その年、世界は冷戦が熱くなり核戦争に追い込まれる気配を示してきた。それを発見したのは彼だった。クレムリンが本気で西側が核の先制攻撃をすると考えている兆しを探知したのだ。クレムリンは真剣そのものだった。
続きを読むカミュが愛した女優カザレス
カミュとカザレス 彼女のアパートで Paris Review
1944年 6月5日、アルベール・カミュは30歳で、表の顔は舞台の演出家、裏の顔はレジスタンス紙『コンバ』の編集長だった。マリア・カザレスはスペイン首相の娘で将来を嘱望される21歳の女優だった。
その日、カミユは彼女を誘い友人の宴席に出席した。そこはジャン・ポール・サルトルと妻シモーヌ・ド・ボーヴォワ-ルの自宅で、昔はヴィクトル・ユーゴーの愛人のアパートだった。
ボーヴォワ-ルは、カザレスは綺麗で独立心の強い人だったと日記に残している。深夜、カミュは自宅のアパートでカザレスとはじめて愛を交わした。その日、6月6日はドイツ軍との戦いを逆転するために、連合軍が20万の兵士を動員し、ノルマンディー作戦の第一弾を敢行した日であった。
二人の関係は4年間の断絶の後、1960年冬にカミュがあの突然の自動車事故で亡くなる日まで続き、彼らの交流は秘密のラブレター865通の手紙に綴られている。
このラブレターが入った『書簡集』の素材は、女優カザレスがカミュの娘カトリーヌに譲ったもので、彼女は長い間ためらっていたが、彼女の編集で2017年にガリマール社から刊行された。手紙、絵葉書、電報が入った1300頁の大作だ。
カトリーヌの母が1979年に亡くなったあと、彼女は意を決してカザレスに面会を求めた。二人はすぐ打ち解けて、旧知のようにカミュのことを遅くまで語りあったという。
彼女は手紙のすべてを読んで心が軽くなった。この『書簡集』の序文に「彼ら二人に、ありがとう。手紙を読めば、ただ二人が存在したがゆえに、この地上はより広く、空間はより煌めき、空気は軽くなる」と結んでいる。
続きを読むカミュの哲学:非暴力の平和主義者
「おそらく、どの世代も世界を作り替えることに責任を感じていることでしょう。しかしながら、今の世代の場合は世界を作り替えることではないのです。その任務のもっと大きいもの、つまり世界が自分自身を破壊してしまうことから守ることなのです」。
この言葉は、アルベール・カミュが1957年のノーベル文学賞授賞の記念講演で語ったものである。当時の世界史年表を開いてみると、この年、ソ連がスプートニック衛星を打ち上げ、EECが結成されローマ条約が結ばれている。しかし、米ソ核戦争の脅威は暗雲のように漂っていた。
彼が『ペスト』を刊行したのは1946年であった。フランスがナチスに占領され解放から1年後に、5年かけてこの本を完成させている。当然、この『ペスト』はヒトラーのナチズムで、本人も全体主義下にある市民の苦しみと連帯を描きたかったと言っている。
しかし、この本の主人公はアルジェリアのオランで黒死病と戦う医師の物語のスタイルをとっているから、不条理の状況にある人々がペストを共感することができるのだ。
不条理という言葉はカミュによると「この世界が理性では割り切れず、しかも人間の奥底には明晰を求める死物ぐるいの願望が激しく鳴り響いて、この両者がともに相対峙したままである状態である」という。
現代のペストとはなんだろう。中国の武漢で始まったコロナヴィールスの猛威はまさにニュー・ぺストである。そして弾劾を逃れ暴れまくるトランプの不条理のペストなど数多くある。そのなかで、スウェーデンの少女ツウィンべーリが始めた「世界が自分自身を破壊してしまうことから守る」気候危機への対応は最重要な問題だ。これはもう後がない。
筆者はこのエッセイでカミュの経歴を紹介し、米国見聞録を描き、名作『ペスト』のハイライトを披露し、最後に共産主義をめぐるサルトルとの論争を見てみたいと思う。
彼の思想には非暴力の平和主義がある。その思想を守るために死ぬまで孤立したが、あくまで守りぬいた。最後に述べるように、共産主義は不毛であるという点については、歴史は彼が正しかったことを証明している。
彼のフランスでの人気は高い。フィガロ紙によると、クラシック読者のなかでモーパッサン、モリエール、ゾラにつぐ第4位である。これは彼の文学者としての才能を示すものだろう。読者のみなさんにぜひ、地中海の太陽と海に魅せられたカミュの本を読んでいただきたいと思う。
続きを読む米国憲法を守る移民:トランプ弾劾へ
ドナルド・トランプ Spencer Platt/Getty Images
筆者はCNNテレビの実況中継で、米国大統領ドナルド・トランプの弾劾を調査する、下院情報活動委員会の11月の5日間のやり取りを見た。午後3時から毎日4,5時間、次々に展開される新証言に興奮し、アメリカを別の角度から見ている思いがした。
民主党は明らかに弾劾の証拠を集めたように見える。トランプが2020年秋の大統領選挙の最大の政敵、民主党のジョセフ・バイデンを追い落とすために、7月25日にウクライナ大統領に電話会談で調査を要請したが、やらなければ軍事援助は出さないと決めていたようだ。
この公聴会には12人が証言している。そのなかで最も衝撃的だったのは、ゴードン・ソンドランド駐EU大使の「トランプは直接関与している」という証言だった。また、次の証言も重要だ。マーシャ・イバノビッチ前駐ウクライナ大使の理由なき解任についての証言、ロシア専門家フィオナ・ヒル前国家安全保障会議スタッフの激しいトランプ外交批判、アレキサンダー・ビンドマン国家安全保障会議スタッフのスパイ容疑への反論である。それと、トランプがウクライナの新大統領ウォロディミル・ゼレンスキーへ与えた圧力とその顛末をお伝えしよう。
11月13日から 21日まで開かれた下院情報活動委員会は民主党のアダム・シフ議員の司会で進行したが、宣誓証言だから偽証すれば刑務所が待っている。証言者はその覚悟でこの場に臨んだのだ。
以下、4人の証言とゼレンスキーの危機一髪を紹介する。
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