フランスの田舎から世界を見ると

土野繁樹の21世紀探訪

ウッドワードが描くトランプの実像

 

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ウッドワード(右)の最新作の表紙              Wikipedia

 

筆者はウッドワードの最新作“Fear:Trump in the White House”(恐怖:ホワイトハウスのトランプ)が刊行された9月11日、キンドル版で読み始め3日かけて読んだ。これはおどろくべき本だ。

プロローグから仰天する。ゲイリー・コーン経済担当補佐官が、大統領執務室の机の上にある署名待ちの、韓国大統領への米韓自由貿易協定の破棄を一方的に通告する手紙を、密かに盗む場面からこの本は始まる。平常なら、これは懲戒免職ものだが、コーン(ゴールドマン・サックス前CEO)は国益のためにやったと胸を張って語っている。

大統領が署名する書類はすべてロブ・ポーター主席秘書官をとうして処理されるのだが、その手紙は何者かによってトランプの机の上に置かれていた。コーンとポーターは組んで、大統領が衝動的に決めた危険な指示を何度もブロックしたという。

ポーターは「自分の仕事の3分の1は、大統領の危険な考えを‘それはあまり良いアイディアではない’と説得することだった」、「毎日、われわれは崖っぷちを歩いている気分だった」と語っている。それは国益を守るための行動だろうが、“行政クーデターであった”とウッドワードは書いている。

トランプは、ホワイトハウスのマシーンは円滑に機能している、と繰り返し言ってきた。しかし、現実はまったく逆で、世界最強国の中枢は、大統領のツイッター政治で大混乱、神経衰弱になっていた、その最大の原因は大統領のパーソナリティと無知にある、とウッドワードは診断を下している。この本はアメリカ国民への警告の書だ。

 

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映画「大統領の陰謀」 ウッドワードとバーンスタイン(右) Wikipedia

 

著者ボブ・ウッドワードは、1972年、ワシントンポスト記者として、同僚カール・バーンスタインとチームを組み、ウォーターゲート事件の真相を暴き、2年後にニクソン大統領を辞任に追い込んだジャーナリストである。

ホワイトハウスを相手に戦った不屈の記者魂を描いた二人の著作“All the President’s Men”(邦訳『大統領の陰謀』ハヤカワ文庫)はベストセラーになり、それを基に製作された同名の映画(ウッドワード役をロバート・レッドフォードバーンスタイン役をダスティ・ホフマンが演じた)はアカデミー賞を総なめにし、ウッドワードは一躍ジャーナリズム界のスターになった。筆者は40年ぶりにビデオで映画を見たが、一級のサスペンス・ドラマのように面白い。

彼は18冊の本を書き12冊はべストセラーになり、ピューリッツア―賞を2度受賞している。著作のなかに『攻撃計画―ブッシュのイラク戦争』、『オバマの戦争』がある。現在、75歳のウッドワードはアメリカで最も有名で、最も信頼されているジャーナリストの一人である。

さて、この本のタイトル「恐怖」はどこからきているのだろうか。これは2016年に、トランプがウッドワードに「言いにくいことだが、政治は恐怖だ」と語った言葉だという。これを平たく言えば、権力を行使するには、人を脅さないとだめだ、ということになる。事実、トランプはそれを実行している。

ウッドワードが読者から信頼されている理由は、その徹底的な調査と公平さにある。彼は100人以上の関係者への何百時間ものインタビュー、重要会議のノート、政府文書をもとにし、この本を書いている。

正確を期すために、ウッドワードはインタビュー相手の許可を得て会話を録音したが、ほとんどの人は録音に同意したというから、彼への信頼度がわかる。インタビューを受けた人々は、同書で語られているドラマの当事者か目撃者である。そのなかには、トランプの側近中の側近だった主席補佐官(ホワイトハウスの参謀長)、主席秘書官、経済担当補佐官、主席辯護士がいる。ウッドワードはこれらの人々に繰り返し会って事実を確認している。

本の刊行前日、彼はニューヨーク・タイムズのインタビューで、「自分は74歳にもなって何をしているのだろうと思った」が、現役の閣僚に午後11時に電話をして、彼の自宅で夜明けまで取材し、新事実を知りブレークスル―をした、と言っている。ウッドワードは今でも「朝起きてまず考えるのは、あの連中なにを隠しているのだろう」と言うから、その記者魂は凄い。

彼のジャ―ナリズム哲学は次のようなものだ。「われわれの仕事は、対象としている人々を理解し説明することで、彼らを愛したり、嫌悪することではない。彼らが実際に何をやったか、それは何を意味するのか、その動機は何か、彼らは何者か、を正確に伝えることだ」。読者はこのアプローチに共感し、彼を信頼する。

筆者は80年代のはじめ、ハリウッドのべバリー・ヒルズ・ホテルの玄関から、4,5人に囲まれて颯爽と出て来た彼を見たことがある。大柄な人で存在感があった。

以下、ウッドワードの話題の新作のハイライトを紹介しよう。

 

ツイッター大統領

 

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                               IUVMPRESS

 

トランプはツイッター大統領である。早朝発信し、支持者向けに本音を語るのだが、その中にはとんでもない内容がある。例えば、NBCの朝の人気ニュース番組のキャスター、ミカ・ブレジンスキーへの攻撃。彼女はトランプ支持者だったが宗旨替えをして、厳しい批判者になった。怒った大統領は「低能ミカは正月3日間をマラアラーゴ(トランプ所有の高級リゾート施設)で過ごしたが、あのとき彼女は顔の整形をしたばかりで、血をだしていた」。

この種のツイートは大統領らしくない、政治的にもマイナスだ、と側近はアドバスしたが「これは、わたしがフィルターなしで国民に直接語りかける手段だ」と受け付けなかった。主席秘書官ポーターが、事前に側近グループが内容とファクトと綴りのチェックをして発信してはどうか、と提案するが「これがわたしだ。大統領になったのはツイッターのおかげだ」と聞く耳をもたなかった。

トランプのツイートは、北朝鮮との戦争の引き金になる可能性もあった。金正恩は2018年新年メッセージで「わたしの机の上の核ボタンを押せば、米国のどこでも核攻撃をすることが出来る」とトランプを挑発した。すると、トランプは翌日「わたしも核ボタンを持っている。こちらの核兵器は、君のより大きく強力だ」とツイートし、逆に金を脅したので両国関係の緊張は高まった。

トランプはこれだけでは収まらず、在韓米軍2万8500人の将兵の、家族全員の韓国からの引き揚げを、側近に提案した。その2日後、ホワイトハウスは、北朝鮮のナンバー2李洙墉が仲介者を通じた送った警告「北朝鮮は米国市民の引き上げを、貴国のわが国への攻撃のサインだととる」を受け取った。通常、市民引き揚げは宣戦布告の一歩前の行動だから、北朝鮮の反応は過剰反応ではない。ペンタゴン首脳は、トランプがツイートするのではないかと、戦々恐々だったが、幸いそれは送られなかった。

ラインス・プレーバス主席補佐官は、巨大なテレビがあるトランプのベッドルームを“悪魔の工房”と呼ぶ。ここで、大統領は長時間(ときには6-8時間)ケーブル・テレビを見る。彼はトランプがツイートを発信する早朝と日曜の午後を“魔女の時間”と呼んでいる。

 

嘘つき大統領

 

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 “嘘の館”                     altandresponse.com

 

ワシントンポストに、トランプが嘘をつき、事実でないことを言った回数をカウントしている「ファクト・チェック」というブログがある。同紙は大統領になって466日目の5月1日で、その数が3000に達したと伝えた。それを読んだCNNのコラムニストは、その頻度は一日に6.5回で、これは人間が1日当たり小便に行く平均回数である、問題はトランプの支持者はそれを信じることだ、と書いていた。

ウッドワードは本のなかで、コーンが「トランプはプロの嘘つきだ」と言ったことなど、何度も大統領の嘘に触れているが、ここでは、ロシア疑惑担当の彼の主席辯護士だったジョン・ダウドの体験を紹介する。

大統領選でロシアと結託して、クリントン陣営が不利になるデマをインターネットで流した、と疑われているトランプは全面的にそれを否定してきた。特別検察官ミュラーが大統領に直接会って、証言(偽証であると罪に問われる)を得たいと要請すると、トランプは承諾の意向を示した。

その意向を組んで、今年の1月、ダウドはトランプにミュラー相手の証言の練習を大統領執務室で行った。ダウドは特別検察官役になりトランプに質問を浴びせかけると、彼はとちり、矛盾した答えをし、嘘を言い、冷静さを失った。

一例を挙げる。ダウドが「なぜあなたは、コミ―FBI前長官に‘フリンを楽に(免責の意)してやってほしい’と言ったのか」(註:フリンはトランプの安全保障担当補佐官、ロシア疑惑で偽証し辞任)。その質問へのトランプの答えは「そんなことは言っていない」だった。「しかし、コミ―はあなたとの会話をメモし、同僚に報告しているではないか」とダウドが反論すると、彼は「絶対に言ってない」と主張し「コミ―は嘘つきだ」と言い、猛烈なFBI前長官批判をやり始めた。

ノンストップの罵詈雑言だった。怒りの嵐が治まると、ダウドは「質問にそんな答えかたはまずい。丁寧にやってほしい」と忠告した。その後の30分の質疑応答はまったく無駄だった。この模擬セッション自体にトランプは「こんなのは茶番だ」と言い怒り狂っていた。主席弁護士は大統領の感情の起伏の激しさにおどろいた。その日、ダウドは「大統領、あなたは証言すべきではない」とアドバイスした。こんな支離滅裂な証言をすると、偽証のリスクがあると考えたからだ。

3月、トランプが証言をする意向であることを知ったダウドは「証言はしないでほしい。そうしなければ刑務所入りだ」と言い辞任した。彼自身は、ロシア疑惑に関して大統領はシロだと確信していたが、弁護士として嘘をつくトランプを守りきれないと思ったからだ。(註:現段階ではトランプは証言していない)

 

パワハラと報復

 

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解任された国務長官ティラーソン                  TechCrunch

 

トランプの外交儀礼を無視した、無礼なマナーはよく知られるところだ。例えば、彼はホワイトハウスを訪れたドイツのメルケル首相との握手を拒否し、英国を公式訪問したとき、炎天下にエリザベス女王を待たせている。

しかし、彼の閣僚の扱いはそれどころではない。81歳のウィルバー・ロス商務長官に「君は老いすぎた。もう信用できない。貿易交渉はしないでくれ」などの暴言を彼は吐いたが、この種の発言は頻繁にあるという。

彼のパワハラの標的ナンバーワンは、司法長官ジェフ・セッションだ。アラバマ州選出の共和党上院議員セッションは、大統領選でいち早くトランプ支持を表明し、その論功行賞でこの地位にある。政権発足当時の関係は良かったのだが、ロシア疑惑をめぐるセッションの対応(註:特別検察官ミュラーロシア疑惑捜査を、指揮する権限をロッド・ローゼンスタイン副長官に委託)以来、トランプはツイッターによる司法長官批判をエスカレートしている。

その理由は、ロシア疑惑から自分を守るべき立場にあるのに、大統領に批判的な副長官にまかせミュラーに好き勝手をさせている、というものだ。トランプの執拗なツイッター攻撃が続き「セッションは精神障害だ」「自分には司法長官はいない」とまで言っているから異常だ。セッションもさるもの馬耳東風で辞任する気配はない。こんな前代未聞の関係が1年以上も続いている。

トランプの行動原理についてウッドワードは次のように分析している「彼の性格の核は不平不満だ。まるで14歳の少年のように、自分は不公平に扱われていると思っている。大人のロジックでなく、ティーンエージャーのそれだ」

トランプの政権の主要閣僚の交代はめまぐるしい。ティラーソン国務長官辞任もその一つだ。大手石油企業のCEOだった彼は外交にはまったく素人で、ホワイトハウスの指示で国務省のスタッフを30%削減し、米国外交にダメッジを与えた。しかし、世界的スケールでビジネスを展開した人だったので、国際貿易協定や同盟関係の重要性を理解していた。

その結果、国務長官は、トランプの「WTO(世界貿易機関)もNAFTA(北米自由貿易)もKURUS(米韓自由貿易)もやめてしまえ」という不要論に反対し、安全保障に関して大統領のNATO軽視、イランへの経済制裁に異議を唱え対立していた。国務長官が記者会見で「北朝鮮と複数のバックチャネルで交渉している」と言うと、トランプは「そんなムダなことはしないでよい」とツイートし、関係は悪化していた。

国務長官辞任のうわさが流れていたが、結末は大統領のツイートによる、突然の国務長官交代の通告だった。今年の3月中旬、アフリカ歴訪の旅から帰国した、ティラーソンは部下の報告で解任されたことを知った。そのツイートには「マイク・ポンぺオCIA長官を国務長官に任命する。彼は素晴らしい仕事をするだろう。レックス・ティアラーソンの仕事に感謝する」とあった。

この無礼な解任通告は、ティラーソンが8か月前「トランプは間抜けだ」と言ったことへの大統領の報復だった。トランプは侮辱を受けると倍返しで侮辱する。

 

首席補佐官の悲鳴

 

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バノンとイバンカ                CARLOS BARRIA/ REUTERS

 

ホワイトハウスが大混乱に陥った理由の一つは、政権スタッフがほとんど素人で、その上、大統領が娘のイバンカとその夫クシュナーをアドバイザーに任命し重用したことがある。

トランプの知恵袋スティーブン・バノン主席戦略官 (彼は「自分は監督でトランプは俳優だ」と豪語していた)は、官邸を勝手きままに歩き廻り、あらゆる会議に顔をだすイバンカを不快に思っていた。主席補佐官プリーバスのオフィスで開かれていた会議で、二人の間で激論が交わされた。

後には引かない彼女に、バノンは「君はたんなるスタッフではないか。みんな主席補佐官を通じて仕事をしている。君はここの責任者のように振る舞っているが、スタッフなのだ」と怒鳴りつけると、イバンカは「わたしはスタッフなんかじゃない。ファースト・ドーター(first daughter)なのよ」と言い放った。プリーバスは、一匹狼のバノンはチーム・プレイヤーではなかったが「イバンカは10倍もやっかいだった」と言っている。

バノンと娘婿クシュナーの仲も険悪だった。バノンは、娘婿が大統領と自分の関係悪化の噂をマスコミに流し、二人の離反を謀ったと思っていた。逆にクシュナーは、バノンが、ロシア大使との会合をリークし、自分を窮地に陥れたと信じていた。お互いマスコミを利用して、ライバルの弱みを暴露していたわけだ。これは例外ではなく、トランプ政権の高官とスタッフのリークは異常に多く、メディアの報道で国民はほぼリアルタイムで、ライバル間の争いの内幕を知ることになる。

 

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大統領に説明するポーター(中)とプリーバス         Daily Intelligencer

 

プリーバスは、ホワイトハウスは“略奪者”の集団だと言う。彼らは政策など二の次で、縄張り争いと利権追及をしている、だからなにも機能しないと嘆く。そして「ヘビ、ネズミ、タカ、加えてウサギとサメとアザラシを囲いのない動物園に入れるとどうなるか。手に負えない流血の世界になるだろう。これがホワイトトハウスで起こっている」と語っている。

トランプに「ちょろちょろするネズミ」と言われ、クビになったプリーバスの後継者ジョン・ケーリ主席補佐官も悲鳴を上げている。ある日、ホワイトハウスの彼の事務所で彼は同僚に「トランプは馬鹿だ。彼になにを言ってもだめだ。常軌を逸している。ここは狂っている」と言った。

 

時代遅れの経済観

 

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コーン経済担当補佐官                  Wall Street Journal

 

トランプ政権では閣僚が国際協調派とアメリカ・ファースト派に割れて対立していた。それはグローバリストとウルトラ・ナショナリストの間の貿易と安全保障についての路線対立であった。前者にはマティス、コーン、ティラーソン、後者にはバノン、ロス、ナバロがいた。大統領はもちろん後者の親分である。

2017年7月ペンタゴンの地下にあるタンクと呼ばれる機密会議室での両派の対決をウッドワードは次のように記している。コーンが、アメリカのメキシコ、カナダ、日本、ヨーロッパ、韓国との自由貿易の重要性を語り、貿易赤字アメリカの経済が成長している標しだと言った。するとトランプは「馬鹿げた議論だ」と跳ねつけた。

ウッドワードは、会議に参加したホワイトハウス高官の個人メモを引用して、大統領の安全保障についての無理解と軍トップの懸念を描いている。メモには次のように記されていた。

「大統領は、君たちは国防と安全保障について何も分かっていないと説教をたれ、全員を侮辱した。大統領のトップ・アドバイザー、とくに国家安全保障分野の高官は、彼が気まぐれで無知なこと、学ぼうとはせず、危険な考えを主張することへの、大きな不安を抱いているようだ」。ベトナム戦争中、5回も徴兵を逃れたトランプが、軍のトップに説教をする傲慢さには仰天する。

この本に、トランプがアメリカ経済をどう考えているかを描いた面白い一節がある。以下それを紹介する。

国家経済会議議長でもあるコーンは、トランプが経済、貿易の基本知識がないことにおどろいた。彼は、大統領が時代遅れのアメリカを信じていることを発見する。それは「鉄道機関車、巨大な煙突のある工場、流れ作業に忙しい労働者」の世界であつた。

コーンはアメリカ経済を支えているのはサービス産業で、GDPの80%を占めていることを説明したが、大統領はペンシルバニア溶鉱炉を守るために、外国産の鉄鋼に関税をかけることが必要だと主張した。しびれを切らしたコーンはトランプに「なぜあなたはそんな旧いアメリカにこだわっているのか」と尋ねた。すると彼は「そう思っているね。これは、わたしが30年間持ち続けた見方なんだ」と答えたという。

 

韓国をめぐる大激論

 

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大統領とマティス国防長官                   Getty Images

 

ニューヨーク・タイムズ記者がウッドワードに「あなたにとって、この本の中で最も印象的な場面はどこか」と聞くと、彼は韓国に関するトランプと主要閣僚が衝突した会議だと答えている。以下、筆者が訳出したその場面を紹介しよう。(第37章の抄訳)

 

トランプが大統領に就任して1周年の前日、2018年1月19日、ホワイトハウスは重要課題に直面していた。

それまで、トランプは韓国大統領・文在寅と何度も電話会談を行ってきたが、その日(19日以前)彼の韓国批判のトーンがエスカレートした。彼は、米韓自由貿易協定を激しく批判し、アメリカは180億ドルの貿易赤字と在韓米軍2万8500人の駐留コスト35億ドルを、放任できないと主張した。文が嫌いなトランプによるこの再三にわたる主張は、彼との関係を悪化させつつあった。トランプの思いこみと感情的発言が、受け入れがたい状況を作り出していた。

トランプは文に、両国間の貿易協定を180日後に破棄する旨の、書簡をだすと通告した。君たちはわれわれから盗んでいる、貿易と安全保障とは別の問題だ、このままでは、君たちにタダでカネをやっているようなものだ、とも彼は言った。

文は貿易と安全保障は密接に関連していると応じ、われわれはあなた方と一緒にやって行きたいと言った。韓国大統領は融和的だった。アメリカは同盟国でパートナーだ、経済関係になにか誤解があるかも知れない、それを理解したいと言った。トランプは興奮して、弾道弾迎撃ミサイル・システム(THAAD)の費用を払ってもらおう、なぜそこに、われわれの迎撃ミサイル・システムがあるのか、とも言った。これは、貿易協定と韓国とそのリーダーを侮辱する発言だった。むき出しに近いこの怒りは、同盟国への外交的非礼の極みだった。大統領はこの手法を好みしばしば使う。彼は両国関係を爆破する寸前だった。

ケリー主席補佐官、マクマスター安全保障担当補佐官、ティラーソン国務長官、マチィス国防長官は、大統領が仮想敵国である中国、ロシア、イラン、シリア、北朝鮮よりも、韓国にその怒りをぶつけているのは不可解だ、と憂うつなジョークを交わした。

ホワイトハウスの幹部スタッフと国家安全保障チームは、大統領は次に何を言い、何をするか分からないと危機感を抱いた。(北朝鮮の核の脅威が高まった)この時期の米韓関係はとりわけ重要だ、事態の悪化を止めなくてはならない。彼らの間で、文の堪忍袋の緒が切れる前に、対策を講じなくてはならない、というコンセンサスが生まれた。

2018年1月19日、マクマスターは国家安全保障会議を招集した。場所はホワイトハウスの地下にある情報分析室。議題は韓国に関する問題。大統領と上記の主要閣僚が出席。

会議の冒頭、カネと軍についての脅迫観念に取りつかれた、トランプは次のように発言した。「なぜ、われわれは朝鮮半島にこんな大規模な軍事力を維持しなくてはならないのか」「台湾を防衛することで何が得られるのか」。

彼はかつてから、これはアジア諸国だけでなく、世界的なレベルでの問題である、米国がなぜ中東、NATOの防衛費を負担しなくてはならないのか、と考えていた。その日トランプは、米国が韓国の友好国である理由を知りたい、どうすれば、この状況から抜け出ることができるのか、と問うた。この1年間、満足できる答えが返ってこないので、彼はこれに苛立っていたのだ。

 

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米韓合同軍事演習                         AFPBB News

 

再度、マチィス国防長官とダンフォード参謀総長が両国間の協定のプラス面は非常に大きいと説明した。マチィスは、世界のこの地域で米国は安定した民主国家を必要としている、自由な選挙、活力ある資本主義の国、韓国は最強の砦のひとつである、と発言した。

韓国の人口は5000万で、その規模は世界27位、しかし、経済では11位でGDPは1、5兆ドルでロシアに並ぶ。

トランプはこの会議以前に、極秘のアクセス・プログラム(SAP)の存在を知っていた。これは、北朝鮮のミサイル発射を在韓米軍が7秒で探知できるシステムで、アラスカの米軍基地からだと15分かかる。さらに、在韓米軍にはサイバー攻撃の能力もある。しかし、これまでの北朝鮮のミサイル発射前と以後の妨害の精度は定まっていない。

マチィスは、軍と情報能力を見くびり、その重要性を理解しようとしないトランプに、うんざりしたようで「これは、われわれが第三次世界大戦を防ぐための対応だ」と言った。マチィスは冷静だったが、毅然としていた。これは、あなたは核戦争のリスクを冒そうとしている、と大統領に挑戦する息を呑むような発言だった。複数の出席者にとって、時間が停まったような瞬間だったという。ある出席者は、‘馬鹿なまねはするな’、これはビジネスが破産するというようなレベルの話ではない、これが国防長官のメッセージだったと語っている。

マチィスの発言は続いた。「われわれは前進基地を持つことで、米国本土を守ることができる」と語り、トップ・シークレットであるアクセス・プログラムには触れず、情報収集能力と駐留軍がいないと、戦争のリスクが極めて大きくなる、韓国と日本を防衛する手段が減る、と言った。さらに、戦争が勃発した場合、これらの配置がなければ「それへの唯一のオプションは、核オプションになる。それ以外の抑止力はない」と説明し、対費用効果から言うと、韓国との取り決めは、極めて安価であると主張した。

すると、トランプは「しかし、われわれは韓国、中国などとの貿易で膨大なカネを失っている。そのカネをわが国のために使いたい」と反論した。さらに、貿易の不均衡は米国が補助金を支給しているようなものだ、「わが国と防衛条約を結ぶことに同意した諸国は、われわれから莫大なカネを巻き上げている」との持論を展開した。

「前進基地軍は、われわれの安全保障の目的を達成するための手段として、最も費用がかからない。撤退すると同盟国の信頼を失う」とマチィスが再び反論すると、それを受けたダンフォード参謀総長が熱をこめて、国防長官の指摘したすべての点を支持する発言をした。するとトランプは「われわれは、費用負担をしない非常に豊かな国のために、膨大なカネを使っている」と繰り返し主張した。

ティラーソンが発言を求め次のように言った。前進基地は「最善のモデルだ。これはグローバル・システムでもある。貿易と地政学の組み合わせは、良き安全保障の結果を生む」。ダンフォードはその主張を支持して「韓国における前進基地の総コストは約20億ドルで、彼らはそのうち8億ドルを払っている。われわれは将兵のサラリーなどの返済は求めていない」。

最後にトランプは「われわれが馬鹿でなければ、すごく豊かなはずだ。われわれは騙されているのだ。とくにNATOに」、「中東に7兆ドルも使っているが、国内のインフラを整備するための1兆ドルすら、かき集めることができない」と言って、会議場を後にした。

大統領の発言に出席者の多くは憤慨した。なぜ、こんなやり取りを続けなくてはならないのか。いつになったら彼は学ぶのだろうか(註、前述の前年7月のペンタゴンでの会議でも、まったく同じやり取りだった)。とりわけマチィスは激怒し憂慮していた。彼は親しい同僚に、大統領があんな発言をするのは、「小学5年生か6年生ていどの理解力しかないからだ」と言ったという。

トランプの北朝鮮に最大限の圧力をかける政策は、韓国で開催される2018年冬季オリンピックの期間(2月9日―25日)は保留となった。しかし、米空軍はオリンピック開催の前後に、カリフォルニアから太平洋に核弾道ミサイルを撃ち込む実験を予定していた、それを知った総参謀長は、これは北朝鮮を挑発するとして、計画を延期した。

2018年の初めCIAは、北朝鮮のロケット実験に関する情報を分析した結果、ミサイルの大気圏外からの再突入の技術がないので、核爆弾を搭載したミサイルをアメリカ本土に正確に打ち込む能力がない、しかし、北朝鮮はその開発を進めているとの結論を下した。そのことをCIAがトランプに報告すると、大統領は納得したようだった。

 

金正恩の夢

 

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文在寅金正恩                      Wikipedia

 

ウッドワードはこの本のなかで、トランプが君子?豹変しシンガポール北朝鮮金正恩委員長と首脳会談を行うに至った、インサイド・ストーリーは書いていない。以下は、筆者の見たコペル二クス的大転換をした、朝鮮半島情勢についてのエッセイである。

昨年9月の国連総会で、トランプは金正恩を「ロケットマン」と呼び、米国を守るためには北朝鮮全土を破壊すると脅すと、金正恩は「狂った老いぼれ」の戯言だと逆襲した。ワシントンの外交問題評議会の会長リチャード・ハースが、戦争の可能性50%と言うほど状況が悪化した。

当時のトランプの選択肢の一つは、米軍による北朝鮮の核施設破壊の先制攻撃であった。以下は、ウッドワードが描く、大統領とジョン・マッケイン(トランプ批判の急先鋒)とリンゼー・グラハム(トランプと親密)の二人の共和党上院議員が、ホワイトハウスで、先制攻撃について意見交換をしたときの会話である。

「あなたはどう思うか」とトランプがマッケインに質すと「北朝鮮は通常兵器で100万のソウル市民を殺すことができる」だから先制攻撃はムリだ、と彼は答えた。するとグラハムは「100万人が死ぬにしても、あちらのことで、こちらではない」と言うと、トランプは「それは、冷たすぎる」と反応したという。

その頃、アメリカ市民の60%が戦争もやむなしと思っている、との世論調査の結果が報じられていた。韓国大統領、文在寅は恐怖を覚えた、このままでは朝鮮半島は戦場になる、と思った彼は「韓国の同意なしの、朝鮮半島での軍事行動は許されない」と同盟国アメリカに警告した。一方、金正恩はトランプを相手に一歩も引かなかったが、心中では恐怖を覚えていた。

筆者は、その恐怖が南北首脳を結びつけ、朝鮮半島の雪解けが始まったと思う。またその背景には、二人の首脳の共通認識―アメリカのタカ派に民族の運命を翻弄されるのはマッピラだ、南北が和解して戦争を回避し、自らの手で民族の未来を切り拓こうーが重要な役割を果たしていると思う。

朝鮮半島の雪解けは平昌冬季オリンピックを舞台に始まった。それに続いて板門店サミット、統一閣サミット、平壌サミットと3回の南北首脳会談が開かれた。9月の平壌サミットでは、事実上の“終戦宣言”とも言える軍事合意書が調印されている。韓国のハンギョレ新聞は、軍事衝突をさけるための合意書は保険約款をほうふつさせるほど詳細だ、と報じている。「平壌共同宣言」について、文在寅は「戦争のない朝鮮半島がはじまった」、金正恩は「宣言には、遠からず現実になるわたしたちの夢が含まれている」と語っている。

トランプの豹変は3月に始まった。ホワイトハウスを訪れた韓国の情報機関のトップ鄭義溶が、金正恩からのメセッージをトランプに伝えた。その伝言「首脳会談を熱望している」を聞いた大統領は即座に同意した。これで状況は一変した。彼の動機は、歴代アメリカ大統領の誰も解決できなかった北朝鮮問題を、自分が解決し歴史に名を残そうという野心だろう。

今年の国連総会で、トランプは「われわれ(自分と金正恩)は恋に落ちた) 」と演説した。1年前の先制攻撃の脅しからラブ・コールへの大転回だった。このコペルククス的大転回を可能にしたのは、文在寅金正恩の戦争回避の意志と民族和解への決意が局面を動かし、それとトランプの思惑と野心が一致した結果だと思う。また、その背景には文在寅の抜群の外交手腕がある。

6月、シンガポール米朝首脳会談が行われたあと(現在でも)でも、ワシントンの外交専門家の多数が、北朝鮮からまた騙されるのではないか、と疑っている。彼らは二つの点を軽視していると思う。一つは、南北首脳の民族自決への決意、もう一つは金正恩が自国の経済的繁栄を熱望していることだ。4月、彼が習近平に会ったとき「わたしはわが国の鄧小平になりたい」と言ったという。これを本気だととるか否かで、朝鮮半島の未来の読み方が違ってくる。

ソウルの延世大学の准教授ジョン・ラルリーは、筆者が信頼するアメリカの朝鮮半島ウォツチャ―だ。彼は2010年からソウルで教鞭をとり、北朝鮮を4回訪ねている。金王朝3代についての著作もある。その彼がニューヨーク・タイムズに傾聴に値するコラム「金正恩の夢、アメリカはそれを助けるべきだ」(2018・9・21)を寄稿した。

彼は次のように主張する。金正恩は彼の祖父と父とは違う。彼はなにより北朝鮮が豊かになることを夢み、東アジアの普通の国になり、東アジア経済圏の一員になることを望んでいる、そうなら、それを助けることがすべての国にとって利益になる。「アメリカは金正恩を助けるべきだ。それは北朝鮮の核の脅威を排除する最善の方法になるだろう」と提案していている。筆者は同感だ。

 

グローバリズム否定の愚

 

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                           Lieve Falck-Pedersen

 

トランプのアメリカ・ファースト路線に異議を唱えてきたマチィス国防長官は、中間選挙のあと解任され、後釜には大統領に忠実な人物が指名される、との噂がワシントンで広まっている。

トランプの危険な政策をチェックしてきた国際協調派のコーン、ポーター、ティラーソンは辞任し、超タカ派のジョン・ボルトン安全保障担当補佐官と対中強硬論者のピーター・ナバロ貿易担当補佐官の影響力が増すなか、閣内でマチィスは唯一のグローバリストだ。大統領の気まぐれなツイッター外交の、防波堤であった彼がいなくなると、ホワイトハウスイエスマンの館になるだろう。それは、世界がより不安定になることを意味している。

ホワイトハウスの高官によると、最近では、マチィスはNATOへの対応やイラン経済制裁について異議を唱え、二人の関係はうまく行っておらず、トランプは国防長官を隠れ民主党員だと疑っているという。それに、ウッドワードの本に「大統領は小学5,6年生の理解力しかない」とマチィスが言ったとあるから、トランプはこの野郎と思っているに違いない。

一方、ペンタゴンのマチィス側近によると、国防長官は一貫性がなく気ままなトランプへの対応に疲れているという。彼の運命は同盟国にとって重大な関心事だ。なぜなら、トランプのウルトラ・ナショナリズム外交の、緩衝役を演じてきた国防長官がいなくなると、これまで以上の混乱と対立が予測されるからだ。

マチィスは米軍の将兵に崇拝されている。民主党共和党エスタブリシュメント、米国の同盟国は彼のファンだ。また、重要な票田である穏健な共和党員も彼のファンである。となると、トランプがマチィスを解任すると、相当な政治的コストを覚悟しなくてはならない。それでも、解任するのだろうか。

筆者は本書を読んでつくづく、トランプはアメリカ大統領にふさわしくない人物だと思った。9月の国連演説で、彼はグローバル主義を拒否し、愛国主義でいくと宣言したが、これは時代錯誤の考えだろう。現代世界を動かしているグローバル化現象を、誰も止めることはできない。世界的問題はグローバルに解決するしかない。

10月、国連のICPP(気象変動に関する政府間パネル)特別報告書が公表された。気象変動による破局をくい止めるには、あと12年しかない、という衝撃的な内容だった。3年前に調印されたパリ協定では、地球温暖化を2040年までにストップするとなっていたので、10年の前倒しである。

世界トップの気象科学者のこの結論は、人類文明の存亡にかかわる待ったなしの最重要テーマだが、トランプは意に解さない。彼は195か国が批准したパリ条約からの離脱を決定し、大気汚染の元凶のひとつである石炭を「美しくクリーンな」エネルギー源だと言い,増産を推進する。科学を信じないトランプは「文明に対する大罪」を犯している。彼はアメリカ・ファーストの名のもとに、好き勝手に国際社会の合意を否定してきたが、パリ協定からの離脱は最大の過ちだったと思う。CO2削減は愛国主義では解決できない。

 

参照記事 “Bob Woodward‘s Address ”, Elijah Parish Lovejoy Journalism Award, Colby College 2012・11・11, “Bob Woodward’s new book reveals ‘nervous breakdown’of Trump’s presidency” Philip Rucker and Robert Costa , The Washington Post 2018・9・4, “Bob Woodward The devil’s workshop” Edward Luce,The Financial Times 2018・9・11, ” Bob Woodward on Trump,Nixon and Anonymity”interview by Michael S. Schmidt、The New York Times 2018・9・11,” La Maison Blanche de Trump, selon Bob Woodward, recit d’une administration a la derive”Gilles Paris, Le Monde 2018・9・12 ,“Kim Jong-un Has a Dream. The U.S. Should Help Him Realize It”John Delury, The New York Times 2018・9・21, “核も戦争もない朝鮮半島が始まった“イ.ジェフン、Hankyoreh 2018 ・9・20, ”北朝鮮「完全」非核化を求める強硬論が危険な理由” 田岡俊次 ダイヤモンド・オンライン, 2018・5・10 , “国際秩序の漂流、色濃く トランプ氏国連演説”菅野幹雄、 日本経済新聞 2018・9・26, ”We have 12 years to limit climate change catastrophe, warns UN“Jonathan Watts, The Guardian 2018・10・7

 


フランス田舎暮らし ~ バックナンバー1~39


著者プロフィール

土野繁樹(ひじの・しげき)
 

ジャーナリスト。
釜山で生まれ下関で育つ。
同志社大学と米国コルビー 大学で学ぶ。
TBSブリタニカで「ブリタニカ国際年鑑」編集長(1978年~1986年)を経て「ニューズウィーク日本版」編集長(1988年~1992年)。
2002年に、ドルドーニュ県の小さな村に移住。