フランスの田舎で暮らす

土野繁樹の歴史散歩

米国憲法を守る移民:トランプ弾劾へ

 

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ドナルド・トランプ                   Spencer Platt/Getty Images

 

筆者はCNNテレビの実況中継で、米国大統領ドナルド・トランプの弾劾を調査する、下院情報活動委員会の11月の5日間のやり取りを見た。午後3時から毎日4,5時間、次々に展開される新証言に興奮し、アメリカを別の角度から見ている思いがした。

民主党は明らかに弾劾の証拠を集めたように見える。トランプが2020年秋の大統領選挙の最大の政敵、民主党ジョセフ・バイデンを追い落とすために、7月25日にウクライナ大統領に電話会談で調査を要請したが、やらなければ軍事援助は出さないと決めていたようだ。

この公聴会には12人が証言している。そのなかで最も衝撃的だったのは、ゴードン・ソンドランド駐EU大使の「トランプは直接関与している」という証言だった。また、次の証言も重要だ。マーシャ・イバノビッチ前駐ウクライナ大使の理由なき解任についての証言、ロシア専門家フィオナ・ヒル国家安全保障会議スタッフの激しいトランプ外交批判、アレキサンダー・ビンドマン国家安全保障会議スタッフのスパイ容疑への反論である。それと、トランプがウクライナの新大統領ウォロディミル・ゼレンスキーへ与えた圧力とその顛末をお伝えしよう。

 


11月13日から 21日まで開かれた下院情報活動委員会は民主党のアダム・シフ議員の司会で進行したが、宣誓証言だから偽証すれば刑務所が待っている。証言者はその覚悟でこの場に臨んだのだ。

以下、4人の証言とゼレンスキーの危機一髪を紹介する。

 


ソンドランド大使の爆弾宣言

 

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ゴードン・ソンドランド       Caroline Brehman/CQ Roll Call via AP Images

 

EU大使ゴードン・ソンドランドの11月19日の証言は衝撃的だった。彼は「わたしはトランプ大統領の指示に従って行動した」と発言したのだ。それは、ウクライナが政敵バイデンの調査と2016年の米選挙に介入の事実調査をするのと引き換えに、軍事援助を提供するというシナリオの存在を認めたのだ。

ソンドランドはホワイトハウスの主要閣僚はすべてこのことを知っていると明言したが、この新事実にも人々はおどろいた。彼は大統領と10回は話をしたと言っている。

証言のなかで彼は、大統領の個人秘書ルディ・ジュリアーニウクライナ大統領の側近と会って、首脳会談前に民主党の大統領候補バイデンの違法行為を調査する条件をだしたと語っている。この証言はトランプの代表として、ソンドランドがウクライナとの交渉に当たった当事者だけに弾劾につながる重みがあった。以下は彼の証言である。

「わたしは、委員会の皆さんがこの複雑な問題に取り組むにあたって“見返りがあったのか”ということを知りたいのだと思う。この答えは、以前、ホワイトハウスの会議やメモに関して発言したように、イエスである」

ジュリアーニアメリカ大統領の指示を受けて行動している。われわれはこれが大統領にとって重要なことはみんな知っていた。大統領の任命者として、わたしは大統領の指示に従った」

大統領の要求は2016年の選挙で使われた民主党全国委員会のサーバーとブリスマ(バイデンの息子が役員をしていたエネルギー会社)の調査をウクライナが発表することだった。

ソンドランドはカリフォルニア出身の豊かなホテル経営者で、トランプの就任式へ100万ドルを寄付している。彼には外交経験はない。しかし、緊張している様子はなく、ときに笑顔をみせる余裕もあった。19頁の冒頭声明はトランプにとって死刑宣告になる可能性のあるものだった。

しかし、大統領はこの重要性を軽視し見返りはないと主張した。記者団の前で「わたしは大使に何もいらないと言った(繰り返して)何もいらないと言った。見返りはない。ゼレンスキー大統領に正しいことをやればいいと言ってほしい」と語った。

トランプはウクライナについては「ルディ(ジュリアーニ)と話せ」と言っていた、とソンドランドは証言する。それに彼はためらいながら従ったという。大統領の個人秘書だとはいえ正規の外交ルートではないとの思いがあったからだ。

「われわれは(3人のアミーゴと呼ばれるペリー・エネルギー長官とフォルカ―・ウクライナ特別大使)ジュリアー二とは仕事をやりたくなかったが、大統領の指示だから仕方がなかった」と証言している。ウクライナへの軍事援助を停止することには、彼はいつも反対していた、なぜならこの国はロシアの侵略と戦っているからだ。

「誰もが(見返りについては)大統領を支持している。これは秘密でもなんでもない」とソンドランドは言った。そのなかには、マイク・ペンス副大統領、マイク・ポンぺオ国務長官、マイク・マルバニー大統領首席補佐官代行など内閣の中枢人物が入っている。

しかし、三人は彼が言うコンテストでは話をしていないと内容を否定した。7月26日、キエフのレストランでソンドランドがトランプと交わした会話について「詳細を調べようと思って、ホワイトハウスへ連絡をしたが、公開はできない」とのことだった。

キエフでの二人の会話は同席した米大使館の政治顧問デビット・ホルムズが次のように証言している。首脳電話会談があった翌日、ソンドランドがキエフのレストランにホルムズを招待した。途中、ソンドランドはワシントンのトランプに携帯電話をかけたのだが、大統領の声が大きかったので内容が聞こえたのだ。

「それじゃあ、彼(ウクライナ大統領)は調査をやるんだな」(トランプ)「はい、彼はやります。あなたが要求するものはなんでも」(ソンドランド)

電話が終わったあと、ホルムズは大使にウクライナについての大統領の率直な印象を聞いた。ソンドランドは「大統領はウクライナのことなどどうでもいい」「関心があるのは調査のことだけだ」と答えている。

共和党の情報活動委員会の有力議員デビン・ヌネスは、ソンンドランドの発言に「いわゆる爆弾声明」は何も証明していないとし、民主党がバイデンの息子ハンターを証人喚問しないことを、繰り返し非難した。しかし、共和党の巻き返し作戦はほとんど効果がなかった。

民主党のシフ委員長は閉会前にサンドランドに「この調査で影響力の大きい発言だった。あなたの語った証拠は非常に重要で、大問題だ」と言った。弁護士のジョージ・コンウェイ(妻はトランプ大統領顧問ケリアン・コンウエイ)は司法長官候補になった人だが、その後トランプ批判の急先鋒になった。

彼は「大使はウォーターゲート事件ニクソンの運命を変えた人物に似ている」「彼はジョン・ディーン(大統領顧問として、ニクソンの直接の関わりを委員会で証言)と同じだ。ソンドランドはアメリカの歴史に永遠に残るだろう」と語っている。

 

ウクライナ大使の解任

 

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マーシャ・イバノビッチ                        cnn.com

 

11月15日、米下院の情報活動委員会で前代未聞のことが起こった。ウクライナ前駐大使イバノビッチが、トランプの米国外交を否定する個人的な政治利益行動への批判を証言中に、ホワイトハウスから大統領がツウィターで彼女を攻撃したのだ。

イバノビッチはだめだ。どこもかしこも悪くなった。ソマリアを皮切りに、あそこはどうなった?それから最近ではウクライナだ」と言い「大使を解任するのは大統領の絶対権限だ」と付け加えた。

9時過ぎに始まった証言で彼女は、両親はスターリンのロシア生まれで、母はヒットラーのドイツに移住し米国へ亡命した、外交官としてソマリアベンガジで働いたこともあり、キルギスエチオピアの大使をつとめた。

その経歴は、華やかな晩餐会とは無縁の劣悪で危険な環境で働く外交官であった。彼女は穏やかに慎重に話したが、大統領から受けた自らの衝撃的な体験については、断固として証言した。自分が侮辱されていると思ったトランプは、前後のことは考えずに彼女を攻撃したのだ。

シフ委員長からその内容を知らされた証言台の彼女は、愕然とし「これは大変な脅しだ」と静かに言った。ベンガジに赴任したとき、ソマリア内戦はすでに始まっていたと証言し「自分にそれほどの権限があるとは思えない。ソマリアでも、それ以外の場所でも、これまで赴任した各地では、むしろ、わたしと同僚は状況を明らかに改善してきたと思う」と続けた。

共和党の議員から大統領の権限についての質問が続くと、イバノビッチは「理由が何であろうが、大統領が大使を解任する権限はある。しかし、それを実施するとき、なぜわたしの評判を落とす必要があるのか。その理由が分からない」と反論した。

彼女が左遷された時の状況を次のように語っている。今年の5月下旬午前1時ごろ、国務省からキエフに電話があり、次の飛行機に乗って大至急戻って来いと言われた。なにがあったのだと尋ねたが、理由はこちらで話すということだった。その日、ワシントンへ戻ると大統領から大使解任の指示がでていた。彼女には解任理由が分からなかった。

7月25日の首脳電話会談の内容を読んだときの感想を、次のようにイバノビッチは証言している。トランプがゼレンスキーに「彼女にはなにか起こるだろう」と言ったとき「何だかわからないが、脅威を感じた」と答えている。そして、「彼女は悪いニュース」と言われたとき、「ショックを受け、精神的に打ちのめされ」彼女は真っ蒼になっていた。

“トランプの指示は聞かなくてもよい、ヒラリー・クリントンを2016年の選挙で応援した、バイデンの息子には会った“という根拠のない噂を流したのはジュリアーニだった。彼女は「この種の党派性は国務省の役人の役割と両立しない」と否定した。“

ジュリアーニウクライナ疑惑で中心的な役割を果たしている。トランプの意向を受けて、バイデン攻撃のための“証拠”を集めるのが彼の最大の任務であった。そのシナリオを達成するために、ワシントンの意向に忠実な大使がいるということで、ウクライナの腐敗に関心の高い大使などはいらない、ということになったのだろう。

だから、トランプは個人的なウクライナ・チーム(ソンドランドなどの3人組)を作ったのだ。ジュリアー二は彼女のあらぬ噂をバラまいてその目的を達成した。その一方で、ニューヨーク・タイムズ紙によると、彼はウクライナ政府から不法な収入を得たとの疑いがもたれている。

彼女の経歴を調べてみると、人権に関する国務長官賞、国務省の上級幹部賞を5回受賞し、2012年から2年間、ヨーロッパ担当の国務次官補として、欧州担当の大使との連絡責任者であった。

評判も極めて良い。彼女を知る同僚は、最も優れた外交官であると言う。彼女の理由なき解任に怒った同僚は、解任したトランプを批判する公開書簡をだしている。彼女はトランプの嘘でかたまった攻撃の犠牲者だった。

 

ゼレンスキー、危機一髪

 

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記者会見するゼレンスキー (キエフ)                 KyivPost

 

5月20日ウクライナに俳優大統領ゼレンスキーが就任した。過去4年間、彼はTVで政治ドラマ・シリーズ「国民のしもべ」を演じて、国民の大人気者であった。高校教師が大統領になり、ユーモラスに腐敗退治をする番組は大衆の心をつかみ、総投票の73%を得て大統領になったのである。腐敗と戦う41歳のリーダーの出現に国民の期待は膨らんだ。

人口4,000万のウクライナは貧しい国だ。一人当たりのGDPは3,100ドル(2018年)だから世界ランキングで130位である。ソ連邦が崩壊して東欧諸国は経済発展ブームに沸いた。たとえば、チェコGDPは23,000ドルである。貧しさの原因はオリガーキー(寡頭制)にあると言われている。

 


政治権力と経済権力が合体して少数者が富み、大衆は二の次になるシステムだ。また、ウクライナはロシアとの間で、東部にあるドンバス地方で5年間も戦争状態にあり、ウクライナ側は13,000人の死者をだしている。彼の選挙公約は腐敗撲滅と戦争終結であった。

「国民のしもべ」は米国のNetflix(ネットフィリックス)が輸入して話題になった作品だ。ドラマだがやけに現実感があるものなので、国民はやんやの喝采を送ったのだ。それにユーモアがある。ドラマのはじめの場面だそうだ。キエフの狭くて乱雑な高校教師のアパートのドアを、激しくノックする音が聞こえる。トイレにいた主人公の教師が下着のままででてくる。すると、首相が「おはようございます。大統領閣下」とあいさつする。ドラマが現実になった瞬間だった。

ゼレンスキーの閣僚の平均年齢は39歳と若い。35歳のオレクシー・ホンチャルク首相はスクーターで官邸に通勤だという。8月24日はウクライナ独立記念日だった。1991年にソ連邦が崩壊し28年になる。彼は例年のミサイルとタンクを誇示する軍隊の行進をやめ、子供たちを中心とする祭典にした。子供が独立のために犠牲となった人々へ、献花する場面がハイライトになった。なんと鮮やかな演出だろう。

彼は選挙キャンペーンの約束を守った。9月25日、ニューヨークでのトランプとの共同記者会見の2日前、ゼレンスキーはウクライナの弾劾法に署名をした。この新法は大統領が「反逆罪やその他の重罪」に問われると弾劾されるというものであった。彼自身も対象に入っていた。その日、ゾレンスキーはビデオで市民に「法に従って税を支払う」ことを要請した。

 

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トランプ、米民主党の大統領候補バイデン、ゼレンスキー       New York Post

 

4月の選挙勝利の直後、トランプの弁護士ジュリアーニが大統領に面談を求めてきた。はじめは、ゼレンスキーは米国の内政に関わるべきでないという側近の意見を入れ、彼に会わなかった。すると、怒ったジュリアーニはFOXニューズのインタビューで「ゼレンスキーは大統領の敵、場合よってはアメリカ国民の敵に囲まれている」と側近を批判した。

トランプはそれを信じて、以前から決まっていたペンス副大統領のゾレンスキーの就任式出席を突然取り消したのだ。就任式から3日後、ソンドランドEU大使とウクライナ特別大使がホワイトハウスでトランプに会った。二人は、新大統領は熱心な改革者だから、米国は彼を支持すべきだと強調した。。

すると、トランプは歯牙にもかけず、「彼らはみんな腐敗している。みんなひどい連中だ」「連中にはがっかりだ」と付け加えた。明らかに、それは2016年のトランプ陣営の選挙本部長ポール・マナフォートが、莫大な秘密資金をウクライナに暴露され刑務所送りになったことへの恨みだった。

しかし、個人的な感情はともあれ、トランプとジュリアー二がゾレンスキーに求めていたのは、バイロン親子のウクライナでの”汚れ“と、この国が2016年の米国大統領選挙に介入したのか、を調査し発表することだった。選挙民はマスコミにのれば信じるか、信じなくても疑問をもつ。だから、この筋書きにこだわったわけだ。これがうまくいけば選挙に勝てると思ったに違いない。

7月25日の30分の電話会談でトランプは、ゼレンツキ―に明らかにバイデンをおとしめるための要請をしている。「バイデンの息子に関するうわさがたくさんある。多くの人が何があったのか、知りたがっている。あなたが米国の司法長官と何らかの協力をしてくれるとありがたい」(トランプ)。これは捜査協力である。

筆者がおどろいたのは次のゼレンスキーの回答だ。「その件についての調査は、われわれの正直さを証明するものだ。だから、その件は任せてほしい。調査をやりましょう。なにか、役に立つ情報があれば知らせてほしい」。これは調査を引き受けたことになる。

ニューヨーク・タイムズの記者によると、ゼレンスキーは軍事援助と調査が結びついていることを知っていたようだ。当時、ウクライナ外務次官をしていた人からの情報だ。だから、トランプの執念を知って、秘密に調査をやればいいと考えたのではないか。それにしても、これは重大な失敗だった。しかし、この時点で彼はトランプが電話会議の1週間前に、すでに軍事援助を凍結していたことは知らなかった。それと、調査開始を公開することも知らなかった。

ニューヨーカ―誌のジョシュア・ヤッファ記者が、8月の下旬に大統領官邸でゾレンスキーにインタビューしている。ウクライナの取るべき立場を彼は「大帝国はいつも自らの利益のために小国を利用する。しかし、この政治のチェスゲームでウクライナ捨て駒にするつもりはない」と答えている。それは完璧な答えであったが、現実は逆に動いていた。

以下が難局を幸運にも切り抜けたゼレンスキーの足跡である。9月1日、大統領の意を受けたソンランドがゼレンスキーに調査を公にしない限り、軍事援助はないだろうと伝えた。彼はその要求をのむか、拒否して援助金をあきらめるかの苦悩の選択を迫られたのだ。

大統領側近はこの政権にとって極めて重要な問題を数日かけて討議した。その結果国家安全保障会議のディレクターの強硬な反対意見があったのを除いて、全員が調査を公にすることに賛成した。この際、400万ドルの軍事援助を絶たれるとどうしようもないと考えたのだ。9月13日にCNNのインタビュー番組に大統領が出演して説明することが決まった。

しかし、ウクライナ軍事援助凍結の情報が両党の有力議員に洩れ、怒った議員が大統領に解除をしろと迫ったのだ。その結果、9月11日に凍結が解除され、ウクライナ政府はCNNインタビューを中止した。

さらに、CIAの告発者の手紙が9月24日に公開され、その内容に確信をもった民主党の下院議長ナンシー・ペロシは、情報活動調査委員会での弾劾調査を決めたのだ。これでゼレンスキーは危機一髪で難関を切り抜けたのだった。

トランプは弾劾対策に巻き込まれて、9月25日の国連でのゼレンスキーとの首脳会談はおざなりなものに終わった。ルモンドなど欧米4紙の12月2日インタビューでは彼はトランプが「ウクライナが腐敗づけだ」と相変わらず事実と違うことを言ってしていると不満を述べている。

ゾレンスキーにとって、ロシアとの東ウクライナのドンバス紛争の解決は、選挙公約の最優先事項である。この7カ月のプーチンとの交渉の成果が実り和平への第一歩を歩みだした。12月9日、パリのエリーゼ宮で、マクロンとドイツのメルケルの仲介で、彼はプーチンと紛争解決のための初会合を持ち、年内の戦闘停止、すべての捕虜交換が決まり、4首脳が4カ月以内に会い協議を続けることになった。

ポロシェンコ前大統領が「プーチンは信用できない」と交渉を拒否していたのに比べて、国民の75%が和平交渉を支持しているゼレンスキー には希望がある。しかし、これまで米国の全面的な支援のもとにロシアを相手にしてきたウクライナは、トランプの支援を期待できない。となると、この国はEUへ軸を変えるのだろうか。

 

陰謀説を否定したロシア専門家

 

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フィオナ・ヒル                     Chip Somodevilla / Getty

 

11月21日に証言したフィオナ・ヒルは英国の生まれだ。父親は北部のダラム地方の貧しい炭鉱労働者であった。貧しさから逃れるために彼女はアメリカに渡り、ハーバード大学で学びソ連・ロシアの専門学者になった。そして、37歳のときにアメリカ人になった。

その体験をヒルは証言で「この国がわたしに与えたチャンスは、英国では得ることができないものだった。わたしは貧しい家庭で育ったので、労働者階級のアクセントがある。これは80,90年代の英国では、キャリアの妨げになったかもしれない。しかし、このことはメリカではまったく関係がなかった」と語っている。

彼女にはプーチンに関する共著『プーチンの世界:「皇帝」になった工作員』(新潮社)がある。その本は世界中のプーチン・ウォッチャーの必読書になっている。ポリティコ誌の編集長は「彼女は国家的財産」だと言っているから信頼がある。

トランプ政権からその才能を認められ国家安全保障会議に誘われたとき、彼女の友人は止めたが、ふたつの目標を掲げて参加した。モスクワとの関係の修復、ロシアの危険な対米政策を止めることである。しかし、トランプの考えはまったくヒルの考えとは違っていた。

ヒルの冒頭声明の口調は静かだったが、理路整然と猛烈な政権批判をやってのけた。2016年の米大統領選挙への介入は、ロシアによるもので、トランプの支持者が言うようなクリントンを助けるためではない。「ウクライナが選挙干渉をしたというのは“フィクションのシナリオ”だ」、「このフィクションで、ロシアを利するような政治プロパガンダを推進してほしくないのだ」、「これは議論の余地がない」と言った。7月まで、国家安全保障会議の一員であった、ロシア専門家の彼女の迫力に圧倒された。

それでも、トランプの陰謀説を信じる共和党のデビン・ヌネス議員は、党の調査によると、ロシアの介入だけでなくウクライナも介入しているようだと反論した。ヒルはそれに対して、米国のすべての情報機関が、ロシアが単独でやったとファクトで証明していると逆襲した。

その日は、共和党の他の議員も演説だけで質問はせず、トランプのツウィターも沈黙したままだった。しかし、ホワイトハウスは「シェフ委員長と情報機関が結託したものである」とあくまで陰謀説を主張した。そして、トランプも数日後、FOXニューズでウクライナについて陰謀説を唱えていた。

彼女はトランプのウクライナ疑惑についても、卒直そのものの証言をしている。ヒルのボスである、大統領安全保障担当補佐官ジョン・ボルトンは彼女にジュリアー二は周りの者を吹き飛ばす”手りゅう弾”だと言っている。ジュリアー二の危険な行動に気づいたボルトンは、国家安全保障会議の弁護士にヒルを差し向けてる。彼は大統領のウクライナ計画に疑いをもっていた。

共和党議員の尋ねるソンドランドとの関係についての彼女の答えも率直だ。7月、ホワイトハウスを去る前、彼女はソンドランドと対決した。緊迫した雰囲気になった原因は、大統領が関連することであった。彼はヒルにそれは大統領に関係があるから、と言って答えるのを拒否した。ヒルはそれに怒っていた。

しかし、ソンランドの証言内容を見て彼にたいする考えを改めた。「彼はあの件についてまったく正しかった。彼は内政の政治的使者の役割、わたしは安全保障という外交を扱っていたので、二つの分野は相いれなかったのだ。わたしは彼に次のように伝えた。ソンドランド大使、ゴードン!あなたの発言は大変な威力があった。これからだ」と。

彼女は7月19日、トランプがあの悪名高い電話会談をする1週間前にホワイトハウスを去った。ヒルは次のような警告を発している。「もし大統領が個人的利益のために国家的利益をないがしろにするなら、それはなにより注目しなくてはならないことだ。しかし、外国勢力がわが国を侵害しようとしているとき、国内政治がそれを邪魔してはならない」。フィクションのシナリオに騙されるなということだろう。

 

ビンドマン中佐の勇気

 

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アレキサンダー・ビンドマン                 businessinsider.com

 

11月19日、アレキサンダー・ビンドマン中佐が証言台に立った。彼は3歳のときウクライナ(当時はソ連領)から父親に連れられて米国へ移住した。母親はその直前に亡くなっている。双子の弟は軍籍にある。彼への攻撃は証言前から始まっていた。

国家安全保障会議のスタッフだった彼は、10月の情報活動委員会の非公開証言で、7月25日のトランプとゼレンスキーの電話会談を担当官として傍聴していたと証言している。そのとき、ビンドマンはその内容に不信を抱き、ホワイトハウスの上司へ報告している。これを知ったトランプのお気にいりのFOX ニューズは、ウクライナ生まれの彼はダブル・エージェント、裏切り者、スパイの疑いがあると非難した。

共和党の情報活動委員会の一員ロン・ジョンソンは公開書簡で「できれば、軍を辞めてもらう方がよい」と言い、下院司法委員会の議員ダグラス・コリンズはビンドマンの「信頼性と判断力には疑いがある」との手紙を書いた。

証言台のビンドマンはこのような中傷を気にする様子はなく、軍服に2004年のイラクのファルージァの戦いで叙勲した、パープル・ハート名誉戦傷章をつけ次のような証言をした。「わたしはこれまでの生涯を、軍人として米合衆国に捧げてきた」と言い、ウクライナ疑惑について語った

「2019年の4月、わたしは二人の破壊的な人物を発見した。ひとりはウクライナ検事総長のルイ・ロトチェンコ、もうひとりは大統領個人秘書で、元ニューヨーク市ジュリアーニである。彼らは嘘の情報で米国の”ウクライナ政策“を傷つけた」。さらに、7月25日の電話会議のことを上司に報告したが、それは「米国大統領が、外国にアメリカ市民それも政敵の調査依頼するのは、ふさわしはくないと思ったからだ」と言った。

冒頭声明の終わりに、彼は「卑劣な個人攻撃」に耐えて証言する人々を称えた。そのなかには殺人予告を自宅の電話で受けたヒルがいた。そのあと彼は父親のことを話した。「わたしの父親が米国へ難民としてやって来て40年になる」、彼が希望を求めて、当時はソ連であったウクライナからこの国へ移住してきたことへ「わたしと弟たちは深く感謝している、この気持ちが、三人が義務と任務の職業を選ぶきっかけになった」と言い、後に座っている弟たちに笑いかけた。

そして、彼はアメリカ市民で公僕であることへの感謝を述べ、最後のパラグラフを読んだ。「お父さん、わたしは今、米国の首都で議員にむかつて話をしています。これは、あなたが40年前に家族の良い暮らしのために、ソ連から米国合衆国へ移住したことが正しい選択である証拠です。心配しないでください。わたしは大丈夫です。真実を話します」。

 

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共和党議員 ヌネス、ジョーダン、カスター(左から)   Martin H. Simon/Redux

 

しかし、共和党から彼の忠誠心を疑う質問が続いた。ヌネスが、ビンドマンは7月25日の電話内容について、許可なしでメディアに話してないか、同僚のコンピュータへ流してないか、と尋ねたのだ。いずれの質問もビンドマンは否定したが、この見下した質問はトランプ支持のメディアへの効果を狙ったものとしか考えられない。

さらにヌネスは、ビンドマンから7月25日の電話会談について、情報関係の告発者に連絡をとったかと尋ねた。CIAの告発者は8月12日に、共和党民主党の情報活動委員長に9頁の手紙を書きウクライナ疑惑を伝え、9月24日にその内容が公表された。今回の大統領弾劾調査は告発者の手紙から始まっている。

ヌネスはビンドマンと告発者の間には関係があったことを証明しようとしたのだが、それはシフ委員長が止めた。告発者の身の安全を守るために、名前は非公開になっているからだ。だが、オハイオ州の強硬派議員ジョーダンが再度、名前を聞き出そうとしたが、委員長に止められた。

彼を傷つけようとする質問はなおも続いた。共和党委員の顧問ステファン・カスターが、ビンドマンをウクライナの国防相にする交渉があったというが、これはどういうことかと尋ねた。彼はウクライナの新政権の国防顧問からその話はあったが「わたしはアメリカ人だ。幼児のころこちらへ来た。その話はその場で断った」と答えた。

すると、カスターは「断ったというより、その可能性は残したのではないのか」と迫った。すると、ビンドマンは「顧問、このやり取りは滑稽だ。それほどの地位ではない中佐に、そんな輝かしい地位が提供されるとは非常に面白い話だ」と切り返している。

 

米国憲法を守る移民

 

ビンドマンへの執拗な攻撃は、1950年代前半のマッカーシズム赤狩りを思い起す。これほどの証拠があるのに、共和党議員は一人も反乱を起こさない。彼らの問題は次の大統領選挙でトランプなら勝てる、と考えていることだろう。トランプは“敵か味方か”の政権運営で、米国は完全に二分化している。

証言した4人の人々はビジネスマン、外交官、研究者、軍人で党とは関係がない。中立の立場で真実を語り、大統領の憲法違反を指摘しているのだ。もう一つ重要な共通点がある。サンドランドとイバノビッチの両親はソ連生まれ、ビンドマンはウクライナからの移民のこどもで、ヒルは英国で生まれ帰化した第一世代の移民である。

筆者は、彼らがこの歴史的委員会で果たしている役割を見て、この国はやはり「移民の国」だと思った。そして、彼らが米国憲法の法の下で平等を守る情熱に感動した。ヒルは移民について次のように証言している。「これがアメリカを偉大にしていると思う。これはアメリカのエッセンスだ。だから、わたしはここに残り、役に立ちたいと思った」。

自分の選挙のために、外国のリーダーに政敵の調査を依頼するのは違法だし、それが軍事援助停止まで示唆となると弾劾の理由になる。しかし、下院で弾劾が成立しても、上院の3分の2以上が賛成しなければトランプは安泰だ。いまのままでは成立しないことがほぼ確実である。

しかし、この弾劾は意義がある。たとえ弾劾が成立しなくとも、2020年秋の選挙は接戦が予想されているので、数パーセントでも共和党支持者が心変わりすれば、民主党大統領が実現できる。こうなれば、援護射撃が成功したことになる。

しかし、トランプ再選があると米国民の半分の失望は深く、この国は歴史に逆行するひとりよがりの道を歩むことになる。これは世界にとって危険なことだ。


このエッセイを書くにあたって、以下の記事のお世話になりました。筆者の皆さんへ感謝いたします。The New York Times“Trump, Ukraine and Impeachment, The Inside Story of How We Got Here”Sharon LaFraniere, Andrew Kramer, Dany Hakim 2019.11.11、 The Guardian”Sondland's bombshell testimony blows holes in Trump's Ukraine defence”David Smith 2019.11.21、 The New Yorker”The Awful Truth About Impeachment”Susan B.Glasser 2019.11.2, The New Yorker “Ukraine’s Unlikely President, our Promising a New Style of Politics, Gets a aste of Trump’s Swamp”Joshua Yaffa 2019.10.25  New York Times “Ukraine’s Zelensky Bowed to Trump’s Demands, Until Luck Spared Him”Andrew Kramer 2019.11.7, The New Yorker“ Attacked at the Impeachment Inquiry, Alexander Vindman Testifies to the Power of Truth”John Cassidy 2019.11.19, The New York Times” Fiona Hill and the American Idea”Roger Cohen 2019.11.25

 

 

 

フランス田舎暮らし ~ バックナンバー1~39


著者プロフィール

土野繁樹(ひじの・しげき)
 

ジャーナリスト。
釜山で生まれ下関で育つ。
同志社大学と米国コルビー 大学で学ぶ。
TBSブリタニカで「ブリタニカ国際年鑑」編集長(1978年~1986年)を経て「ニューズウィーク日本版」編集長(1988年~1992年)。
2002年に、ドルドーニュ県の小さな村に移住。