フランスの田舎から世界を見ると

土野繁樹の21世紀探訪

マクロンを救え、ヨーロッパが危ない

 

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暴徒によって破壊されたフランスの象徴、マリアンヌ像                   AP

 

エマニュエル・マクロンはヨーロッパの救世主だった。リベラル・デモクラシーの旗手として、ポプュリズムの流れに敢然と立ち向い、EU再興のヴィジョンを掲げる、フランスの希望の星だった。その若さと知性とカリスマで、21世紀のジョン・ケネディとも言われた。筆者も大いなる期待をもって、この連載エッセイで「マクロン大統領の実像:救国の人か、蜃気楼か」(2017年11月28日号)を書いた。

大統領になって18か月後、マクロンは貧しい労働者階級の蜂起で、最大の危機に直面している。ガソリン・軽油のエコ増税に怒った地方の無名の人の呼びかけで始まった“黄色のベスト”運動は、瞬く間にフランス全土に広がり、マクロン辞任要求にまで発展している。

歴代大統領ができなかった労働法改正、国有鉄道改革などを実現し、国際競争力の強化路線をばく進、EUのリーダーとして、国連で本人を前にしてトランプ批判をしたマクロンは、なぜこんな事態に直面しているのだろう。

地方の反乱

黄色のベスト運動は、地方の首都パリへの反乱といえる。ガソリン・軽油増税は地方で暮らす人々にとっては、我慢の限界を超えるマクロン政権の決定だった。

パリには電車とバスがあり便利だが、ほとんどの地方では車が唯一の交通手段である。筆者はパリから南へ500キロの小村で暮らしているが、食糧買い出しは10キロ先、病院のある町は50キロ先だから走行距離もある。

今年、ガソリン税が7.6%上がり、その上、来年から6.5%上がる(これは、凍結になった)と、地方市民にとっては相当な負担になる。運動はこれへの異議申し立てで始まり、国民の75%が支持している。わがドルドーニュ地方でも、多くの市民が運転席の前のガラス窓に、ベストを置き運動を支持している。

それにしても、12月1日のパリにおけるデモ参加者と警官の衝突、車の炎上、店舗の破壊は凄まじかった。これほどの規模の騒乱は、1968年の5月革命以来だという。

黄色いベストのようなデモがあるのは、フランスの中央集権制度にも原因があるようだ。ドゴール時代に制定された第五共和制憲法は、大統領に巨大な権限を与えている。大統領はその権限を行使して中央集権統治をするのだが、地方の声はあまり政策に反映されない。だから、パリでデモに訴えるしかないと市民は考えている。

デモはしばしば暴力を伴う。その理由はフランス革命以来の伝統だろう。フランス人は状況によっては、自由も平等も権利も暴力に訴えなければ獲得できない、と考えているようだ。ただし、今回のデモで起こった暴力と破壊と略奪は、黄色いベスト内の極右、極左アナーキスト、外部の暴漢の仕業であると言われている。となると、この抗議運動は彼らにハイジャックされたことになる。

 

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炎上するパリ             The New York Times

 

12月8日のパリのデモに参加した、ノルマンディーの農夫の声を、ガーディアン紙は次のように伝えている。「連中はトラブル・メーカーだ。われわれはそうではない。しかし平和的にデモ行進しても、政府は無視しただろう。連中が車を焼き警官を攻撃したから、政府は増税を諦めた。これが現実だね」

民衆蜂起は、アメリカ(トランプの登場)、イギリス(EU離脱)をはじめ、世各国で起っているから、フランスは例外ではない。ただし、フランスの低所得者層は、国民皆保険(国民健康保険料は無料、治療は有料)、産休制度(14ヵ月、給与の80%支給)、高等教育無料など優れた制度下にある。だから、黄色いベスト運動は不公平な富の分配への不満の爆発だろう。

マクロンの過信

さて、マクロンがここまで追い込まれた理由を考えてみよう。

歴史学者ジェラー・ノアリエルは、マクロンの著作『革命』には、労働者階級についての記述がないと指摘している。彼の革命は大衆によるものではなく、トップダウンで断行するものだ。マクロンは、労働法改正や国有鉄道の改革を、長期にわたるストライキに耐えて実現した。この成功で彼は自信をもち、なんでも出来ると思ったようだ。だが、現実は厳しかった。

少数のテクノクラットに囲まれた、大統領のトップダウン統治に、多くの問題がでてきたのだ。選挙の洗礼をうけていないマクロンは地方の事情に疎く、傲慢で普通の市民の暮らしが分かっていない、とのイメージが定着していった。

マクロンは富裕税を撤廃(海外の投資家が逃げる、税収も少ないと言う理由で)したが、それ以来、“金持ちのための大統領”と呼ばれている。撤廃と同時に、貧困層を支援する財政措置をとっていれば、良かったのだがそれをやらなかった。多くの市民の大統領への反感は、マクロンが大衆を理解していなかったツケだと言える。

1年前、大統領はある小説家に「わたしは嵐のなかで生きる男だ。前進あるのみ、諦めない。しかし、わたしは国民の怒りと苦しみの声を聞く」と言ったが、これを実行していたら、現在の状況にはならなかっただろう。

マクロンは大統領就任当時,70%あった支持率が30%に落ちたことを,あまり気にしていなかったようだ。11月初旬、CNNのインタビューで「改革のペースを緩める必要はないのか」と聞かれた彼は「わたしの任期は5年で、中間選挙はない」と答えた。しかし、黄色いベストはマクロン中間選挙になり、その結果はトランプへの審判よりひどかった。

マクロンが生き残り、改革を継続するためには、本人が変わる必要がある。彼の英雄、ドゴールのように超然として統治するスタイルは誤っている。歴代のフランス大統領のなかで最も親しまれているのは、ビールをがぶ飲み、チェイン・スモ―カ―のジャック・シラクだ。現代は、大衆に人気のない政治家は、なにごとも達成出来ない時代だ。マクロンはこれを読み誤った。

マクロン演説

12月10日、フランス大統領は国民に向かって13分のテレビ演説をした。筆者は、プレシャーをまったく感じていないかのような、彼の落ち着いた態度におどろいた。演説内容は、心がこもり,明快で、説得力があった。暴力を断固否定し、低所得者への配慮ある提案をした。

マクロンは「朝から晩まで働いて生活がやっとの人々、希望を失ったシングル・マザー、未亡人、離婚した人などの苦境を知った」と言い「40年間、彼らは忘れられた人々であった。わたしにも責任の一端がある」と謝罪した。

そして、4つ対応策ー最低賃金の引き上げ(月額100ユーロ、1万3000円を引き上げて、現在の税引き後の最低賃金1185ユーロ、15万2000円に加算)、残業代に対する税と社会保障費の免除、従業員への非課税ボーナス奨励、年金生活者のほとんどに対する増税(2000ユーロ、26万円以下)の撤回―を直ちに実施すると表明した。さらに、地方との協議を開始することを約束した。BBC 「マクロン仏大統領、最低賃金引き上げを公約 黄色いベストの抗議行動受け」

翌日、パリの日曜ジャーナル紙は演説についての、オピニオン・ウェイ社が行った世論調査の結果を報道している。これによると。スピーチの内容に国民の50%が不満、49%が満足、4つの対応策については、各々%がちがうが、平均すると70%が支持している。また、54%が黄色いベストはデモを中止すべきだ、と答えている。しかし、黄色いベストへの支持は依然として66%ある。

この世論調査には、黄色いベスト参加者を対象にしたものはないが、内部は割れているようだ。穏健派はこれで手を打とう、片や急進派はすべての要求を獲得するまで戦おう、と対立している。黄色いベストはリーダーも組織もない運動だから、急進派は激しいデモを継続するだろう。AFP 仏「黄色いベスト」運動の支持率急落か、マクロン大統領の演説受け

世論調査の結果を、ある識者は、国民の半数の支持を得たことで「マクロンはこれで橋頭堡を築いた」と言っている。筆者はこの見方に賛成だ。マクロンの演説は流れを変えたとまでは言えないが、問題解決への第一歩を進めたのではなかろうか。

マクロンは賢い人だ。彼がこの危機を脱して、世界とフランスのために再び活躍することを、筆者は心から願っている。

 


 

筆者はマクロンの危機についていろいろ分析記事を読んだが、以下のコラム “Macron’s crisis in France is a danger to all of Europe ”(マクロンの危機は、ヨーロッパ全体を脅かす)に最も共感を覚えた。著者のナタリィ・ヌガレッド女史は、フランスのルモンド紙の元編集長、英国のガーデイアン紙のコラムニストである。マクロンの弱体化で、極右、極左勢力がヨーロッパを支配する危険性への憂慮が伝わってくる。

 

マクロンを救え、ヨーロッパが危ない ナタリィ・ヌガレッド

 

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パリの破壊現場を視察するマクロン大統領    The Guardian
暗い予感

ヨーロッパのために、フランスはエマニュエル・マクロンを非難、憎悪するのではなく、支援する必要がある。“ヨーロッパのルネッサンス”を掲げて、船出した若き改革者であるフランス大統領は、再び“ヨーロッパの病人”になりつつある国の舵取りに苦闘している。

12月1日に、パリの凱旋門にある共和国のシンボルが、暴徒によって破壊された瞬間は将来を暗示しているように見える。マリアンヌの顔が傷つけられる3週間前、そこは、マクロンと世界のリーダーが、第一次世界大戦の休戦百周年の記念式典を行った会場だった。

マクロンが過去に何度も使った警告の言葉“悲しい情熱”が、フランスを支配することになれば、これは一人の男の政治的経歴だけでなく、ヨーロッパ全体に影響を与えるだろう。

ヨーロッパ中の極右、極左勢力が、マクロンの“黄色いベスト”の苦境に歓喜している。イギリスのEU離脱強硬派(左派も右派も)からイタリアの極右の実力者マッテオ・サルヴィーニ、それにプーチンプロパガンダ機関もこの状況に付け込もうとしている。リベラル・デモクラシーの混乱と混沌こそ、彼らが勢力を拡大する好機である。過激派が狙っているのは、来春5月の欧州議会選挙で勝ち、ヨーロッパを乗っ取ることだ。フランスの事件は不吉だ。その重要性は国境線を越える。

ごく最近までマクロンは、移民、政敵、法の支配を標的にするサルヴィーニとハンガリー首相ヴィクトル・オルバンを、不倶戴天の敵だと公言していた。しかし、今やマクロンの力は弱まり、守勢になり、孤立している。

フランスにおける過去2週間の出来事は、1968年5月の反乱の再現だと言われる。しかし、より適切な類似例は1934年2月6日の事件ではないだろうか。その日、極右ナショナリストの一団がパリをデモ行進し、警官と衝突して15人の死者をだした。この事件はフランス極右の神話となっている。

シングル・マザーの証言

マクロンはたしかに、いくつかの過ちを犯した。抗議運動に参加した人々の大半の不満は、その手法は無秩序だとしても、正当なものだ。彼らは、パリのエリートは自分たちを蔑視して、”透明人間“のように扱っている、だから黄色いベストを着て、その存在を明らかにしたと思っている。そして、世論は彼らの味方だ。

 

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凱旋門の前で座り込み           The Guardian

 

黄色いベストの人々の中で最も説得力があつたのは、ノルマンディー在住の二児のシングル・マザーであるイングリッド・ルババサァだった。先日、彼女はテレビで毎日の暮らしが大変なこと、不公平を感じていることを感動的に語った。「わたしたちが、道路を閉鎖していることに不平を言う人もいます。しかし、彼らはスキー・レゾートへ出かける途中で、交通渋滞にあっても不平は言いませんね」と彼女は静かに言った。

だが、黄色いベストのスポークス・パーソンの中には、クリストフ・シャレンソンのような男もいる。彼はボクリューズ在住の鍛冶屋だが、公然と反イスラムを表明し「われわれに必要なのは、真の統率者、将軍、実力者だ」と言い、軍事政権樹立を主張する。これは、フランスが危機に直面したとき、噴出する邪悪な暗流だ。極右の一翼を担うアクション・フランセーズはカムバックを狙っている。

今日(12月4日)の首相の増税延期声明は、おそらくあまりに僅かな妥協で、あまりに遅すぎる対応だろう。フランスには三つの不安がある。それは、パワーと威信を失う恐怖、グローバル化による経済インパクトへの恐怖、“国家アイデンティティ”を失う恐怖である。さらに、この国には在任18か月のマクロン一人の力では、癒すことのできない国内の深い亀裂がある。

フランスではあらゆる社会グループ間の溝ー若者と老人、失業者と就業者、都市と地方、無資格者と高学歴者―が深まっている。この現象は他の国でも見られるが、フランスではこの問題は、共和国の歴史が生んだ平等主義の理想の存続に関わることである。多くのフランス人は、当然の権利と思っていることが、現実に反映されていないと考えているのだ。

くたばれ運動の危険性

マクロンは大統領候補として、内政の大改革、フランスの威信回復の必要性を説き、ヨーロッパにおけるリーダーシップを語り、“革命”を断行すると約束した(選挙キャンペーン中に『革命』と題する本を刊行)。

だが現在、大統領は国内では半身不随のように見え、EUプロジェクトは臨終間際の気配がする。メルケルの影響力が低下した現況では、彼女がマクロンのそのプロジェクトを助けることはあまり出来ない。

かくして、弱体化したマクロンは、欧州大陸の過激派とポピュリストの格好の餌食になるだろう。 ルペン、オルバン、サルヴィーニは虎視眈々と出番を待っている。われわれが解決策を見つけなければ、フランスにおける欧州議会選挙はマクロン信任か否かの国民投票になるだろう。

リベラル勢力とヨーロッパ主義のチャンピオンであった、フランス大統領の輝きは消えた。しかし、それを、ヨーロッパとデモクラシーにとって朗報だと思うのは、途方もなく危険なことだ。これは、まるで列車が衝突し客車を取り変えることを、望んでいるのに似ている。

フランス社会の痛みに対応しなくてはならない。だが、集団的破壊と暴力を政治的に利用する勢力は、われわれを奈落の底に落とす人々だ。思いだしてほしい。黄色いベストの代表団が政府との交渉に応じると、このグループの過激派は代表団を殺すと脅したではないか。

数年前、疲労困憊したイタリアで、ポピュリズム運動“五つ星”から生まれた、支配階級は“くたばれ運動”があった。その後なにが起こったか。今年、極右がイタリアの政権を握った。フランスの最近の“くたばれ運動”は、冷静な人々がマクロンの信頼回復を助けなければ、イタリア同様のシナリオになるだろう。ヨーロッパ主義の民主的フランスなくして、EUプロジェクトも社会正義もない。マリアンヌの顔は修復されなくてはならない。(The Gurdian 2018年12月4日号掲載)

筆者はこの記事を書くにあたって、以下のエッセイにお世話になりました。とりわけ、英国のガーディアン紙のナタリィ・ヌガレッド女史に感謝いたします。“Macron’s crisis in France is a danger to all of Europe ” Natalie Nougarede , The Guardian 2018・12・4 ,“Macron’s Moment of Truth” Sylvie Kauffmann , The New York Times 2018・12 ・6, “The Yellow Vests and Why There Are So Many Street Protests in France” Adam Gopnik, The New Yorker 2018・12・6,”Emmanuel Macron’s problem are more with presentation than policy”The Economist 2018・12・8

 


フランス田舎暮らし ~ バックナンバー1~39


著者プロフィール

土野繁樹(ひじの・しげき)
 

ジャーナリスト。
釜山で生まれ下関で育つ。
同志社大学と米国コルビー 大学で学ぶ。
TBSブリタニカで「ブリタニカ国際年鑑」編集長(1978年~1986年)を経て「ニューズウィーク日本版」編集長(1988年~1992年)。
2002年に、ドルドーニュ県の小さな村に移住。