フランスの田舎から世界を見ると

土野繁樹の21世紀探訪

英王室に新風 しかし、政治はどん底

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ロイヤル・ウェディング ハリー王子とメーガン         Gareth Fuller AP

 

英王室のハリー王子とマークル・メーガンの結婚式は5月のそよ風のように爽やかだった。ブレグジット(英国のEU離脱)で英国民が二つに分裂し、その行く先に暗雲が漂い重苦しい空気が支配するなか、久しぶりの明るい出来事だった。それも王室の人気者ハリーと魅力的なアメリカ人女優メーガンの婚礼だから、英国だけでなく世界中の関心を集めた。この華麗な儀式とパレードのテレビ視聴者は20億人というから、英王室は最高のソフトパワーである。

国籍は米国、人種は白黒混血、そのうえ離婚歴があるメーガンを,血統と格式を重んじる英王室が家族の一員に迎えたのは革命的なことである。ウィンザー城内の教会で行われた結婚式は、アメリカの黒人主教マイケル・カリーが愛について型破りの説教をし、黒人作詞・作曲家ベン・キングのStand by me や黒人霊歌が唄われるという極めてアフロ・アメリカ色の濃いものだった。英米は歴史的に“特別な関係”にあると言われてきたが、英国民の大多数はトランプを嫌っているから、関係はぎくしゃくしている。しかし、その日、ハリーとメーガンは英王室とアメリカの黒人社会を、真に親密な関係に結んだのである。

 


11歳の反乱

 

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11歳のマークル・メーガン                   dailymail.com.uk

 

この異国の花嫁はロサンジェルスに生まれ、6歳のとき両親が離婚したので母子家庭で育った。母のラグランドはヨガの教師、民生委員で現役だ。メーガンはノースウェースタン大学で演劇と国際関係を学び、米国ベネズエラ大使館に勤務したあと、女優の道を歩んだ。長い下積時代(駆け出しの頃は、ウィトレスで生計を立てていた)を経て、2011年、TVドラマ・シリーズ”訴訟”の主役を演じスターになった。ハリーとの婚約発表まで、7年間この人気番組に出演し年収50万ドルを稼いでいる。なんの後ろ盾もなく、自力でここまでその地位を築き上げたのは見上げたものだ。

2014年には、ライフ・スタイルのサイトを立ち上げ、編集長として200万のフォロアーがある人気サイトに育てた才覚もある。社会派の女優として、女性の地位向上を支援する国連組織の一員、世界のこどもを支援するNGOの大使なども務めている。

メーガンは少女時代から社会的関心が高く行動力があった。以下は、彼女が11歳のときのエピソードである。ある日、彼女がTVを見ていると、大手洗剤メーカーがコマーシャルを流していた。その広告のナレーション「アメリカ中の女性が油汚れをした皿を洗うのに苦労しているが、わが社の新製品はこれを解決します」を聞いたメーガンは憤慨した。「ママだけが皿洗いをするというメッセージは良くない」と思ったのだ。彼女はメーカーとヒラリー・クリントン(当時、大統領夫人)に手紙を書いた。すると、おどろいたことに一月後、メーカーのプロクター・ギャンブル社は“女性”を“人々”に変えた。のちに彼女は、国連の女性デーの会合で、この体験からおかしなことがあれば行動することの大切さを学んだと語っている。

 

ワイルド・ハリーの大変貌

 

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恵まれない子どもと交流するハリー            Matthew Lewis AFP

 

11歳のメーガンは平等を訴え飛躍をしたが、12歳のハリー王子は、母のダイアナ妃がパリで自動車事故死するという悲劇を体験した。1997年のことである。ハリーは母を失った悲しみを20年間語ることはなかった。

イートン校の生徒であった王子はワイルド・ハリーと呼ばれ、酒を飲みタバコを吸う“不良少年”であった。16歳のときマリファナに手をだし治療を受けたこともある。学業成績はやっと卒業できるレベルだった。20歳のとき、コスチューム・パーティで、ロンメル将軍に扮してナチスの軍服を着たことが報道されスキャンダルになった。父親のチャールズ皇太子からお咎めを受け、映画“シンドラーのリスト”を見よ、アウシュビッツを訪れよと命じられたこともある。当時のハリーは王室の問題児だったのだ。

しかし、ハリーは軍人の道を選び、サンドハム陸軍士官学校で学んだことが人生の転機になる。卒業後、近衛騎兵連隊に配属され、2007年と2013年にアフガニスタンに駐留した。13年に大尉に昇進して、アパッチ型ヘリコプターのパイロットとして、負傷兵の運搬やタリバン掃討作戦に従事した。タリバンは王子を殺害あるいは捕虜にすると宣言したが、軍はハリーを特別扱いすることなく、彼は危険な任務を遂行する模範的な将校になった。10年後の2015年に軍を退役したときには、もはや不良少年の面影はなく、責任感の強い魅力的な青年に大変貌を遂げていた。

昨年の春、あの陽気なハリーが2年間もノイローゼになり、カウンセリングを受けたことを告白し国民をおどろかせた。それは、ハリーと兄夫妻ウィリアム王子とケートが立ち上げた王立財団Heads Together (メンタル・ヘルス「心の健康」を“一緒に考えよう”)の活動を紹介するための、ラジオ・インタビュー番組でのことだった。びっくりした女性インタビュアーが原因を聞くと、ハリーは「母ダイアナが死んだあと、自分の感情を抑えて20年もの間、誰にもその悲しみを話さなかったことが原因だった」と答えた。

自分ではそれが原因だとは気付かなかったが、28歳のとき症状の悪化を心配した兄に勧められカウンセラーに会い分かったという。振り返ると「母の死の影響は深刻だった」、国民の眼が自分に注がれていると思うと「ダウン寸前までいったことが何度もある」、神経が高ぶってきて「誰かを殴りつけたくなるときがあったが、カンセラーの助言でボクシングを始め、サンドバッグを叩いて心を静めた」と、実に正直にその辛い体験を語っている。

ハリーは次のように言っている。人は悲しみ、心配、不満の感情を閉じ込めてはならない、誰かと話すべきだ。そして、われわれは時間をかけて話を聞いてあげるべきだ。軍隊時代、兵士の悩み相談室勤務だったとき、自殺未遂をした兵士の話などいろいろ聞いたが、みんな心の健康のバランスを失っていた。自分は彼らに烙印をおすべきではない、ということを学んだ。

 

心の健康プロジェクト

 

筆者はこの30分のインタビューに深い感銘を受けた。ハリーとインタビュアーは互いをファーストネームで呼び、まるで友人間の対話のようであった。文字どおりの美しいKing’s Englishで、メンタル・ヘルスの重要性を明快に語る彼の声は弾んでいた。彼のこのプロジェクトへの熱意と誠意が伝わってきた。

ハリーは言う。プリンスであろうと誰であろうと、人は人生において心の健康の問題に直面する。それに対応するには、問題があれば誰かに話すべきだ。いい聞き手であれば他人でもいい。そうすれば、問題が共通であることが分かる。自分だけで抱えているといつか爆発する。

このインタビューでハリーは「特権には責任が伴う」と言っているが、これは母親譲りのモットーのようだ。ダイアナは二人の息子に「普通の人の感情、不安、悩み、希望と夢を理解しなくてはだめよ」言っていたという。彼女は息子に、バスや地下鉄に乗り、ファースト・フード店で食事し、ディズニーランドで並んで待つ体験をさせている。彼女は息子と一緒にホームレス施設、孤児院、病院などを訪れている。プリンスといえども国民の一人であることを忘れるな、の教育だったのだろう。

ハリーはダイアナの遺志を継ぎ、地雷撲滅やエイズ撲滅運動に取り組み、不運な人々のための慈善事業を創立している。恵まれない子供のためのプロジェクト、戦傷した退役軍人のためのパラリンピックなどである。

「王室の誰もが国王、女王になりたいとは思っていない。しかし、立憲君主制は良い制度だ」と彼は言う。そして、英王室が存続するには、国民の支持がいる、そのためには、国民が「皇族はわれわれの仲間だ」と思う努力をする必要がある、と考えている。

異端児ハリーとヤンキー魂のメーガンの国籍と人種と階級を超えた結婚は、英王室に新風を吹き込むにちがいない。

 

バジョットの英国診断

 

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結婚記念プレート    イラスト Javier Jaen The New Yorker

 

筆者は華麗なロイヤル・ウェディングをBBCの中継で見て、てっきり英国中が熱狂していると思っていたが、意外にもそうではなかった。結婚式直前にロイター通信が行った世論調査によると、回答者の3分の2がTV中継には関心がないと言っていた。事実、TV中継を見たのは総人口6600万の中の1800万だから、それを証明している。

しかし、57%の人々がロイヤル・ウェディングを誇りに思うと答えているから、王室への好感度は高い。また、YouGov社の世論調査によると、エリザベス女王への好感度は60%だが、チャールズ皇太子のそれは37%である。明らかにチャールズは人気がない。その結果、彼に代わって孫のウィリアムを女王の後継者に、という声も少なからずある。現実的に、これが可能かは分からないが。

筆者は英国の週刊誌エコノミストを愛読し、英国に関する大きなニュースがあるとコラム二スト、バジョットの分析を読む。バジョットはペンネームで160年前の名編集長バジョットに敬意を表してつけられたものだ。以下は、同誌が結婚式の前日に掲載したコラムの全訳である。タイトルはThe monarchy is at its strongest in years, unlike the government (「皇室は、政府に比べて、いま最強期だ」)。翻案すると「皇室は復活、政治は最悪」というところだろう。

バジョットは、立憲君主制の下での王室と政府の役割、最悪の事態を招いた前首相キャメロンの無責任、後継者チャールズ皇太子への不安を、軽妙に小気味よい率直さで書いている。歴史的展望に立って時局を語る、エコノミスト誌のこのコラムは一読の価値がある。前半の筆者のエッセイが前菜だとすれば、以下のコラムはメインコース。バジェットの英国診断をどうぞ。

 

解体寸前だった王室

 

英国の政治制度を検証するのに、王室の結婚式ほど良いタイミングはない。エコノミスト誌の編集長ウォルター・バジョット(1860-77)は、その政体は二つの部門に分かれていると言う。王室は“威厳と品格がある”部門で、その仕事は華麗さと儀式を通じて、国家を象徴することである。もう一つは政府(議会、内閣、官僚)で“効率を目指す”部門である。その仕事は法律を制定し、公共サービスを提供し、国家を運営することである。威厳と品格ある部門は詩による統治をし、効率を目指す部門は散文で統治する。今日、王室は政府に比べると、ポピュリズムの時代により順応している。 

20年前、王室はまるで解体寸前のように見えた。チャールズ皇太子とダイアナ妃の星周りの悪い結婚は、威厳と品格によって国家を統合するという、立憲君主制の存在意義を深く傷つけた。二人の喧嘩は、国民をダイアナ支持者とそれより少数のチャールズ支持者に分断した。そしてタブロイド紙に格好(胸が悪くなるような)のゴシップのネタを提供した。エリザベス女王はダイアナの死について口を閉ざしたままだった。彼女の5日間の沈黙は、それまで長年、国民が女王へ抱いていた好意が失われる事態を招いた。

チャールズとダイアナの大失敗だけではない。アンドリュー王子(註:チャールズ皇太子の弟)は“マイレッジ男”、彼の前妻サラ・ファーガソンは“無料女”と嘲笑された(註:王子は公用機で遊びまわり、妻はプレゼント愛好者)。エリザベス女王エジンバラ公は“クール・ブリタ二カ“の時代に取り残されたように見えた。チャールズ皇太子は、ダイアナと結婚していた頃も愛人関係にあったカミラ・パーカー・ボウルズとの再婚を声高に主張したので、国民はさらに離反した。

あの時代、効率を目指す部門は躍進した。トニー・ブレア首相とゴードン・ブラウン蔵相は労働党と国家を近代化し、イングランド銀行に独立性を与え、スコットランドウェールズ北アイルランドに権限を委譲し、行政改革を行った。効率を目指す部門は王室を救うために介入さえした。女王がスコットランドの城に閉じこもっていたとき、ブレアはダイアナを“国民のプリンセス”と呼んだ。さらに、バッキンガム宮殿を説得して王室の将来に関する諮問委員会を設立した。

 

政府と王室の関係が逆転

 

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メイ首相の難行 “ブレグジットまであと一年”      Ben Jennings The Guardian

 

現在、その関係は逆転している。効率を目指す部門は1970年代以来、最悪の状況にある。保守党は最右翼、労働党は最左翼が支配し、首相の権威は失墜している。議会はセクハラといじめのスキャンダルで暗礁に乗り上げている。内務省は混乱し、政府は第二次世界大戦以降、最も厄介なブレグジット(英国のEU離脱)という仕事に取り組んでいる。それも、下院で過半数がなく、党内でのコンセンサスがない状況でだ。

政府と保守党にとって、ブレグジットはその生存を賭けた危機でもある。キャメロン前首相は国民投票を実施することで、効率を目指す部門の大原則(最も困難な決定は自らがする)をないがしろにした。この裏切りはポピュリストの反乱を招くことになった。今や、効率を目指す部門は、本音では愚かと思っている政策を実施するか、“国民の意思”に反した政策を採用するかの、苦悩の選択を迫られている。現状は、政府がダメージを計りかねてマヒ状態をごまかしている、というところだろう。

逆に、威厳と品格ある部門は興隆している。女王は不安定な世界における安定を代表し、分断された英国を統合する役割を果たしている。92歳の彼女は、その66年を女王として君臨し、12人の首相を相手にし、無数の政治危機を乗り越えてきた。アンドリュー王子などを目立たない存在にし、新しい世代を前面にだしている英王室は賢明だ。ウィリアム王子とその妻ケート・ミドルトンは、バジョットが求めていた品格ある部門にふさわしいマネキン的存在だ。

ハリー王子とメーガン・マークルの結婚はこの復活物語の輝ける一章になりそうだ。欠点もある。メーガンの家族はウィンザー一家と同じように一風変わっている。しかし、この幸せなカップルは多文化主義で気取りとは無縁だから、より開かれた王室への変貌のきっかけになる可能性を秘めている。メーガンは白黒混血アメリカ人で離婚体験もある。彼女の女優経歴は、新しい異色のキャリアのための理想的な訓練の場であった。ハリーには親しみやすさの魅力と人々が共感する傷つきやすさ(母親の死のショックから立ち直るための治療を受けたことを率直に語った)がある。

 

国王チャールズへの不安

 

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チャ―ルズ皇太子、カミラ夫人、エリザベス女王            Wikipedia

 

とはいえ、威厳と品格ある部門には、エリザス女王の継承者、未来の国王チャールズ3世という問題がある。トム・ボウワーの新著『反逆するプリンス』が描く、世界で最も長い間、国王インターンをしている彼のポートレートは芳しくない。チャールズは特権の人なのに、泣き言が多い。彼は6つの大邸宅を持っているが、自分の運命に不満を抱いている。

彼はびっくりするほど利己的だ。地球温暖化をあれほど心配するのに、自家用ジェット機で飛び回る。チャールズについて最も心配なことは、彼が弱い男であるということではなく。おどろくほど強い男であることだ。彼はとっぴだが、よく考えられた哲学を持っている。ニューエイジ主義がネオ封建主義に遭遇というところだろう。

彼は欲しいものを手にいれることに長けている。エスタブリシュメントが首を傾げるのに、強引に“馬面の家庭破壊者”カミラとの結婚を承諾させている。彼は既得権に食ってかかる。目障りな建物をデザインする建築家にガミガミ言い、遺伝子組み換え作物に反対し、現代の教育論を攻撃する。彼は自分の主張を実現するために、政治家に手紙を書くなどの裏工作してきた。彼の信念がすべて泡のようなものであれば対応できる。しかし、厄介なことは彼の主張のなかに、環境保護のような先見の明があり、人気のあるものがあることだ。 

政治家が信念と正義感を持っているのは、素晴らしいことだ。しかし、立憲君主が持つのは危険なことがある。とりわけ、その信念が強情と見分けがつかず、正義にかなりの量の愚かさが混じっているときにはそうだ。チャールズにはこれからの見習い期間中に、バジョットの名著『イギリス憲政論』を読み咀嚼することを勧めたい。その本には、近代の立憲君主がやるべきことと、やるべきでないことが明晰な言葉で書かれている。それを理解していなければ、チャールズの威厳と品格ある部門は、国民投票が効率を目指す部門に与えたと同様な、取り返しのつかない大損害を被ることになるかもしれない。

 

筆者はこの記事を書くにあたって、以下のコラム、記事、インタビュー、ビデオのお世話になりました。感謝いたします。 “The monarchy is at its strongest in years, unlike the government” Bagehot The Economist 2018・5・19, “ Prince Harry on chaos after Diana’s death and why the world needs‘magic’ of the royal family” Angela Levin Newsweek 2017・ 6・21 ,“Prince Harry: I sought counselling after 20 years of not thinking about the death of my mother, Diana, and two years of total chaos in my life” Hannah Furness The Telegraph 2017・4・19、 Meghan Markle on”90s Nickelodeon Show After Protesting Sexist Commercial” Inside Edition Youtube

 


フランス田舎暮らし ~ バックナンバー1~39


著者プロフィール

土野繁樹(ひじの・しげき)
 

ジャーナリスト。
釜山で生まれ下関で育つ。
同志社大学と米国コルビー 大学で学ぶ。
TBSブリタニカで「ブリタニカ国際年鑑」編集長(1978年~1986年)を経て「ニューズウィーク日本版」編集長(1988年~1992年)。
2002年に、ドルドーニュ県の小さな村に移住。